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掌(てのひら)の骨董

日本骨董学院・学院長
東洋陶磁学会・会員
日本古美術保存協会・専務理事 細矢 隆男

掌の骨董126.最古の施釉山茶碗・猿投古窯


最古の山茶碗

 整理してましたら、今回の山茶碗の陶片がでてきました。これは、私にとりまして思い出深いものなのです。いまは開催されていない東京原宿の東郷神社骨董市でもう40年くらい前になりますか、そこで購入しました。最初、一見したところ、珍しい「湖西古窯」の山茶碗と思っていました。それは私の中での「土」の考え方が未熟だったからです。猿投は白い土に施釉された、美しい日本最古級の皿や碗と考えてましたから、白い土に、薄緑の灰釉がかかれば、素直に猿投古窯だとする考え方です。しかし、猿投も須恵器から進化した訳ですから、その過程の作品もある訳です。

 須恵器から進化した初期猿投古窯の土味を知らずに、施された灰釉を見たときに、猿投古窯から渥美古窯に繋がる流れを推測して、渥美半島の付け根の「湖西古窯」を考えました。今は猿投古窯の水瓶を持ってますから、それと比較してみますと、はっきり「猿投初期作品」と分かります。


1・土と釉溜まりの比較(水瓶)

2・同じく山茶碗の土と釉溜まり

 懐かしい東郷神社骨董市での買い物を、当時毎回楽しみにしていました。日本の「骨董市」のハシリとされるこの古い骨董市では、面白いモノがたくさん出て、今から40年くらい前に、日曜日に原宿の「東郷神社骨董市」に通いました。当時「タケノコ族」という若者たちが竹下通りにたむろしてましたが、その横を通り、パレフランスというブランドビルを左に曲がり、神社正面から入りました。そこで会主の竹日さんに挨拶して、それからゆっくりと長い境内に出店している露店を歩きました。この細い、だらだら坂に出ていたお店でこの陶片を見つけました。今でもその時の様子が目に浮かびます。

 東京の骨董市の始まりは赤坂にあります「乃木神社骨董市」が始まりで、主催者は、東郷神社と同じ、日本の骨董市草分け的存在のその初代竹日忠司さんでした。フランス、パリのクリニアンクール蚤の市を見て、面白い、日本でもやろうと思われたようです。


本作の高台のシルエット。少し丸みがあるからかなり古い。 平安初期ころか。

 ただ、考え方ではありますが、「市」、バザールというのは商売としては人類の最古級の商売システムで、はっきりした起源はわかりません。それほど古くから、生活に密接に関わって来ました。たくさんの民族が交錯する地域では貨幣など必要なく、単純に物々交換から始まりました。シリアやメソポタミア、シルクロードの時代から盛んに行われて来たのでしょう。日本では平安時代後期から鎌倉時代前期作とされる傑作「餓鬼草紙」に市場の様子が生き生きと楽しそうに描かれてますが、現在、絵画として伝わる日本最古級の「市場」の絵は私の知る限りでは「餓鬼草紙」ではないかと思います。まさに楽しい市の様子がいきいきと描かれてます。今も昔も同じで、京都ではこの時代から東西の寺の境内市場が庶民の食事を支えてきた重要な市場でした。もちろん「市」の歴史は人類の歴史と共に歩んできた歴史があります。

 次第に繁栄すると場所代を高く取ったのを解放して自由市場すなはち「楽市楽座」を始めたのが信長で、それにより、安土城下が経済的に発展しました。日本では「楽市楽座」が自由市場としては最古の市場のようです。


釉薬のかかり方

 関東の江戸では世田谷ボロ市が有名です。16世紀に北条氏政による楽市が起源とされ、後に年の暮れに、代官屋敷周辺で開かれる「歳の市」として定着し、現在は12月15日・16日、正月15日・16日に開かれるようになりました。今は新年の風物詩となり、活気があり、歩けないくらいのものすごい人出です。

 さて今回の山茶碗ですが、古陶磁器の勉強を本格化し始めたのが、刀剣鑑定を終えて社会人になってからすぐ、「須恵器」、「猿投」辺りからで、特に超高級な陶器の「施釉陶」に着目しました。「初めはとにかく、一級品から学べ」が私の師の武田さんの教えでした。武田さんは洋画家で、フランスで活躍した藤田嗣治(レオナルド・フジタ)のお弟子さんでした。絵画だけでなく、古美術全般にも造詣が深く、刀剣鑑定も彼から最初教わりました。学生でしたから、酒の飲み方から人生全般について教えていただきました。甲斐武田家に繋がる血筋の方で、品格、知識、センスの良い方で、若い私には大変刺激になりました。骨董や古美術という楽しみはやはり「買う」こと、そして調べてみることに尽きます。買うことにより業者さんと仲良くなりますから、分からないことも質問できます。私のこれまでの連載も「鑑定ポイント」を書いてますから、より深く楽しみたい方には最適です。


縁部分

 さて今回の資料は地味な作品というか、資料といえるものですが、資料としては貴重で、最古級の「釉薬」が施されている点が最大のポイントで、さらに素地が荒く、黒っぽい色をしてます。高台は少し開き気味に70度位に傾斜し、立ち上がりが少し丸みを帯びて古そうです。奈良晩期の面影を残した平安時代前期の雰囲気がします。値段は割れてますから1000円でした。しかし、勉強のための資料としては最高のものです。碗の縁に1から3センチほど両面に灰釉により、波打つように「施釉」され、かなり「カセ」てます。「カセ」とは、広辞苑で調べますと「かせる」という動詞が名詞化した言葉で、「瘡蓋(かさぶた)」が剥がれる状態を指す言葉です。すなはち、釉薬が時代を経て、劣化したり、剥離してくることを指します。古さ、すなはち古陶器の真贋を鑑定する大切な鑑定ポイントです。一カ所釉薬が溜まり、黒く光ってます。トチン(陶枕と書き、重ね焼きして付着しないように、作品の間に挟む土製品)を使わない重ね焼きで、この直接重ねる焼き方は一番古いです。どこから出土したのか売主に訊いたら、業者から「山」(何か分からない作品をひとまとめにして売ること)で買った中にあったから、詳しいことは分からないという。これは研究してみる甲斐がありそうだし、とにかく面白そうと判断し、買いました。


フクレ

 この「山茶碗」の鑑定注意ポイントは次の通りです。

  1. 釉薬が掛かるか、掛からないか。
  2. 釉薬にカセがあるか、ないか。
  3. 付け高台か削り出し高台か。
  4. 高台内に糸切り痕があるか、ないか。
  5. 口縁の造り方。
  6. 重ね焼き方法。砂かトチンを使っているか。
  7. ボディに「フクレ」があるかどうか。
  8. 焼き方・還元焔か酸化焔か。
  9. 割れた所に見える「土味」はどうか。
  10. 高台の形はどうか。

 ①は掛かる②ある③付け高台④かすかにある。⑤渥美、常滑の山茶碗に似た口縁⑥使わない、直接重ね⑦フクレあり。フクレはおせんべいが膨らんだものと、同じ原理で、未熟な新羅系土器に多く、猿投作品のルーツは新羅系といえるかもしれない。⑧還元焔焼成⑨黒く、荒い⑩下に広がるが、やや丸みあるラッパ形

 こうした特徴を検討して、猿投古窯の水瓶作品と比較すると、土味が似ている。一般的な猿投作品の土は白っぽい薄いベージュ色です。さらに釉薬のカセ状態、釉薬溜まり状態もよく似ている。猿投古窯の水瓶は初期猿投作品で、側面に猿投古窯作の正倉院に残る「赤い土作品」と同じ土が付着している。これは隣にあった水瓶か壺作品が高温で歪み、隣とくっ付いてしまい、冷却してから無理に離したときに付いたもので、猿投作品特有の「赤土」現象です。鑑定の決め手になりました。


焼成温度が上がり過ぎて曲がって廃棄された赤い土の猿投作品(最高作)

最上位の赤土の平安時代猿投作品の祭祀用仏具「三筋小徳利」(伝二月堂裏山祭祀遺跡出土・佛の字が入る)

今回の山茶碗

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