文化講座
掌の骨董55.楽家九代了入作・黒楽茶碗
黒楽茶碗
どうして今までこの茶碗について書かなかったのか不思議な感じです。よく考えてみれば、掌の骨董に一番ふさわしいのが茶碗ではないでしょうか。日本文化の粋、すべての美術、芸術がお茶を喫する一事に集約されています。思想的には仏教の禅宗を背景とし、能楽の所作などが取り入れられています。さらに建築、造園、陶芸、鋳金、鍛金、石彫、書、絵画、華道、香道、料理などの優れた成果が結実しています。
茶室の美
茶道の中心は茶を喫する一事ですが、その中心が楽茶碗です。
赤楽茶碗(九代了入)
赤楽、黒楽ともにすばらしい味わいの九代了入の茶碗があります。楽茶碗は宗匠である、千家のために制作されてきた茶碗です。西洋の実用中心主義で考えれば、茶を喫する茶碗は頑丈であるほど良く、硬い磁器か銅、錫、鉄などの金属で造られてきました。日本では陶器、すなはち、柔らかい土から作られます。
もうかなり前でしたが、私の知人で茶を学ばれている方が、練習していたら茶碗が壊れてしまったので、直して欲しいと持って来たことがありました。それは観ると楽焼きの系統である金沢の大樋長左衛門の飴釉の見事な茶碗で、真っ二つに割れていました。お茶をたてる時に、左手を軽く添えて茶筅でたてますが、その時、少し強めに左手の力を入れたようでした。そうしたら真っ二つに割れて、大層驚いたそうです。私はこうした機会はなかなかないので、割れた茶碗の断面を詳細に拝見しました。すると驚いたことに、茶碗の腰の部分のなんと薄い仕上げでしょう?楽特有の粗めの土で2ミリくらいでした。楽焼きの系統の大樋長左衛門先代の茶碗ですから、小さなベンツ一台分の値段と言っていました。
長年にわたり修復を繰り返し受けて使われた李朝茶碗
私はこれを観て、忽然と悟りました。これは粗雑に扱うと壊れるように作られているのだと。もろい土で、これだけ薄い造りであれば、そう考えざるを得ません。すると茶道の大切な思想の一つは、ものは壊れる、だから大切に扱う、仮に壊れたら直してまた使う。そうして長く道具を大切にする、この仏教の基本に通じる気持ちを持つことが大切であること、そのことに気がつきました。すなわちこの薄さは、茶人にその大切な事を教えるために、あえて薄く制作されたものだとわかったのでした。日本文化の奥深さを、改めて知った思いでした。
さて黒茶碗ですが、黒釉のはじまりは、鎌倉時代の古瀬戸鉄釉であろうと推測します。鉄釉は急冷されると黒色が締まり、深みを増します。
室町の想像の世界・龍安寺石庭
それが室町時代後期に足利義政によって、「夜の美」が発見されたのです。この流れは次第に黒色の美へ傾斜していきました。さらに村田珠光、武野紹鴎を経て利休により、夜の美学は夜の茶会、すなはち夜噺(よばなし)に継承され、黒楽茶碗の登場とともにさらに精神性を深めていきます。
夜噺の世界
楽茶碗は普通の硬い焼き物ではなく、800度程度に温度を下げても溶ける鉛の釉薬をつかうこと、微細な黒石を釉薬に混ぜることにより、より深い黒を柔らかく表現しました。代表作が初代長次郎による黒楽茶碗なのです。
しぶい長次郎作の黒楽茶碗