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掌(てのひら)の骨董

日本骨董学院・学院長
東洋陶磁学会・会員
日本古美術保存協会・専務理事 細矢 隆男

掌の骨董95.ガンダーラ石彫・青年像


青年像

 今回の「掌の骨董」は思い出のガンダーラ石彫に登場ねがいました。この石像は、昔わたしの生まれ育った東京の中野の中心部にブロードウェイという商業ビルがありますが、その中にいらした茜さんという古美術商が大切にしていた作品です。40数年昔のことです。茜さんは非常に真面目な業者さんで、勉強なさってアマチュアからプロになられた方で、いつも素晴らしい作品を代わる代わるお持ちになり、見せてくれました。仏教美術がお好きでしたから、わたしも彼の影響を受けました。

 その茜さんがこのガンダーラ作品について、これを持って、ひとつだけこれで勉強すればガンダーラは十分解るようになる、というまでに言われた作品なので、私も当時はまだガンダーラ石像については勉強しておりませんでしたから、これはいい機会だと思い、この作品を購入させていただきました。以来何十年とわたしの側にいてくれています。まあ私のガンダーラ彫刻の原点ともいうべき作品です。大変勉強になりました。


青年像

 ご存知のようにガンダーラは現在のパキスタンの北西地方に位置します。アレキサンダー大王(紀元前357~323)が東征した時に攻めてきて、そこにギリシャの植民都市を作ったのがガンダーラ地方とされます。

 作られた作品はギリシャ人が作ったのですから、当然ギリシャ人の顔そのものになります。そこに丁度お釈迦様の仏教の思想が合流して、初めての「仏像」が誕生したとされています。それゆえに「仏像」の原点ともいえる作品なのです。以前書きましたように、お釈迦様はインドアーリア系の血筋を引いてると言われておりますから、鼻が非常に高く目がくぼんでいて、横から観ますと、額から鼻へのラインがまっすぐのような、非常にあのミロのヴィーナス、あの顔立ちに非常によく似ていたのではないかと思います。


ミロのビーナス像

 ギリシャ人は厳しい大自然の中で生活してきたが故に、生きる目的や人生の苦悩、真理について深く考えました。自分たちが最高美とする女性の姿というものまで考え尽くしました。これがミロのビーナスです。


紀元前4世紀のテラコッタ製ビーナス像

 その写真も一緒に掲載させてもらいますが、紀元前4世紀ぐらいにギリシャで作られた作品です。テラコッタという塑像作品です。

 現在ガンダーラ彫刻は紀元2世紀から3世紀頃ガンダーラ地方において製作されたと考えられています。紀元前2世紀頃から、前に申し上げたようにアレキサンダー大王の東征の影響を受けて、ヘレニズム文化という新しい流れができてくるわけですが、そういった影響でインドの方でも赤い石の彫刻、エジプトやギリシャの影響が濃い、マトラーという一群の彫刻も出てまいります。


ラホール美術館の釈迦苦行図

 今回のこの石像は小さく、7センチくらいです。壁面のレリーフから削り取った顔の部分になりますが、側面から観ますと、やや左に顔を向けた感じです。前方斜め右から青年を見るような角度で作られています。眼が大きいのもギリシャ美術の特徴です。非常に上手なガンダーラです。ガンダーラはだいたい緑泥片岩とかその関係の石が多いのですが、これは砂岩で造られており、手間のかかった仕上げをしています。細い砂岩で非常に丁寧な作品です。

 この影響をインド仏教界が受け入れ、大きな基本的な流れが作られていきました。仏教の一つの流れがまずそうした姿として彫刻の中に継承されたということになります。やっぱりあのギリシャ人が理想像を追い求めたミロのヴィーナスなどもプロポーションが理想的な黄金比率になっているという点では、そういう一つの基礎となりました。


釈迦像

 ギリシャ美の象徴といわれる「ミロのヴィーナス」の完璧とされる美しさにも、実は黄金比が隠されていました。 足元からおへそまでと頭頂部までの長さ、おへそから首までと頭頂部、それぞれの比率は、1対1.618というまさに黄金比で構成されていることが解りました。

 ギリシャの彫刻は世界美術の基準になっています。いってみれば日本の北斎も黄金比率によって彼の浮世絵が構成されているということも解ってきました。やはり北斎も西洋の美術を秘密裏に勉強していたわけです。

 まあそうしたガンダーラは大変美術史の中でも重要ですし、美しい作品をたくさん作っておりますので今回ご紹介するこの青年もそうですが、しっかりそこを見ていただいて私が一時、古美術の勉強を随分たくさん教えて頂いた中野の古美術商の茜さんの大切にしてきた、小さいですけども優れたギリシャ彫刻の影響を受けたガンダーラ彫刻をこの「掌の骨董」の中でいつ取り上げようか考えていたのですが、やっと取り上げる機会が来たのかなという感じで、書かせていただきました。


釈迦像

 もう一つのガンダーラの彫刻はこれはあのお釈迦様の出家間もない頃の姿を設定して作られたものと推定しています。まだ若々しい感じするのお釈迦様でギリシャ彫刻というのはみずみずしさ、若さに溢れておりますね。さすがに最高美を作り出した民族です。

仏教の始まりとしてのお釈迦様の一つの姿形も描かれているという風に見ていいと思います。ギリシャの美術とお釈迦様の仏教の思想、それがガンダーラでひとつになった、そういう点で非常に仏教彫刻の中でも大きな意味を持っています。


釈迦像

 人間美をうたってきたギリシャ彫刻が仏教思想と一緒になって新しい世界をつくりだしたことは画期的です。大変素晴らしい出会いだったのではないでしょうか。池田満寿夫という画家が、こう言ってます。人類の文化は模倣によって進化し続け、そこに新たな個性というものが投入されることによって新しい芸術として生まれ変わってゆくといっています。まさに文化というのはそういう歴史だと思います。

 いいものを模倣することによってそしてそこにまた自分の個性というものを加えていく、それが一つの芸術として発展してゆく。そう主張する池田満寿夫の考え方は正しいと私はいつも思っています。このガンダーラ作品の中にそのそういう彫刻の大きな流れがあり、源流をなしていますが、さらにまたその大元にギリシャ彫刻があるということが大きいのです。

 ギリシャからガンダーラまでの二大彫刻の大きな流れは重要な流れとなりました。是非そういった点でガンダーラをしっかり勉強して、その基本に立ち返っていただいて、さらにギリシャ彫刻を見ていただくと非常に分かりやすく、しかも親しみが湧くのではないかと思います。


青年像

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