文化講座
掌の骨董77. エミール・ガレ作「城と森と湖の小ガラス花瓶」(2)
ガレ作「城と森と湖の小ガラス花瓶」
前回に続き、ガレ作品の魅力を探るために、彼が多用したガラスの技法についてまとめてみました。
エミール・ガレの肖像(1846年~1904年)
ガレの父親は大きなガラス工場を所有し、ガラス工芸品を王候貴族に提供していた経営者で、彼のもとには数百人レベルのガラス技術者が働いていました。ガレは子供の頃から彼らの仕事を見て育ちました。さらに日本の浮世絵や印籠、根付、陶磁器、いわゆるジャポニズムがヨーロッパを席巻して、王候貴族にもてはやされ、ゴッホやルノアール、セザンヌ、モネ、マネ、ロートレック、ムンクまでの多くの芸術家に多大な影響を与えました。
ゴッホの油彩による浮世絵模写作品(1887年)
ゴッホの絵はあらゆる意味において180度転換しました。北斎、広重の浮世絵から色彩、絵画表現など、ありとあらゆる技術、表現方法などを学びました。
ガレやラリックも同じです。ヨーロッパでは日本の芸術全般からすべてを学びました。その皮切りは伊万里色絵磁器、いわゆる柿右衛門様式の輸出作品を模倣したマイセンから始まり、ヨーロッパ磁器の製作が各国に広がります。
柿右衛門様式の初期マイセン木の葉形色絵大皿(1720年頃)と裏のマイセン窯印
いわゆるヨーロッパ磁器はすべて伊万里磁器を模倣したマイセン磁器の影響を受けて成立しています。ですからヨーロッパの後期印象派以後の芸術は日本人に好まれます。これは当たり前といいますか、それらが日本の芸術をモデルに出来ているからなのです。改めて日本人の芸術性、技術、感性、熱心さ、精神力などすべての領域の芸術性、技術力に敬意を表したいと思います。
さて今回のガレが到達したガラス芸術の高みは次に紹介する古代からのガラスの伝統的技術の上に成り立っています。これらはシリア沿岸のガラス工芸、エジプト、ローマ時代のガラス工芸の技術の上に成り立ち、更に日本の芸術によって磨き上げられた新しい芸術として聳え立ちました。
世界でも最も古手のシリア(エジプト)ガラス
ガラスの技法
①被(き)せガラス
ガラス素地に違う色のガラスを乗せて、形に削る色の重なりの変換が美しく出てくる。美しいガラスカメオとなる。ガレが多用する技法。
②グラビュール
歯科医が使うような削り機により、ガラス表面にサインや文様を彫り込む。上の被せガラスに多用され、かなり細かい細工が可能である。
③ぺルル・メタリック
金属箔挟み込み技法で、古くはローマングラスからの歴史を見る。美しい地を作ることができ、ここに上記被せガラス、グラビュールなどを加えるとより豪華な作品となる。
④サリッシュ―ル
溶けているガラス素地に、いろいろな金属酸化物の粉末をまぶし付けて、複雑な背景を作ることに成功した。それまでは邪道とされた技法をガレはまったく新しい芸術性豊かな領域に高めた。
⑤マルケットリー
ガラス象眼といわれる技法。あらかじめモチーフの形に整えた色ガラスを加熱してボディに接着させ、コテで押し込み、一体化させ、更にグラビュールなどで仕上げて行く。
⑥アップリケ
手芸のアップリケと似た技法。マルケットリーと似ているが、作品に違う色のガラスのかたまりを張り付け、冷やしたあとにグラビュール技法で花や昆虫を削り出す。まさにガラス彫刻の最高芸術作品といわれる。
⑦エモー・ピジュ―
金銀プラチナ箔をガラス作品に張り付け、その上にさまざまな色エナメルを掛けて焼くので、ガラス七寳ともいう。
⑧エッチング
ガラスを溶かす、ふっ化水素などの劇薬でガラスを腐食させ文様を浮かび上がらせる技法。ガラスの腐食させたくない部分にパラフィンを塗り、ふっ化水素溶液に入れると塗らない部分が腐食して塗った部分を浮き彫りにする。銅版画の技法からエッチングと言われる。
⑨アンテルカレール
透明ガラスに彫刻を施し、さらにそこにガラスを重ねて彫刻を施す。模様が重なり合い、豪華な味わいの深まりを見せる。
⑩エナメル
鉛ガラス粉末に松ヤニや油で顔料を作り、ガラス表面に彩色する技法。
ガレの初期エナメル作品
⑪カボッション
宝石のような大きな半円球の色がらすを溶着させる。金、銀、プラチナを挟むと迫力あるアクセントになる。
⑫パチネ
いわゆる古色付けである。金属粉などを入れて、古めかしい錆色を出し、風合いを深める。
⑬練りガラス
違う色のガラスを混ぜ、吹いたりして様々な偶然の混ざり具合の美しさを作り出せる。その塊を張り付けたり、技法は無限である。
素晴らしいガレの作品
北澤美術館所蔵「フランスの薔薇シリーズ」美しいガレ作品の魅力。
さて、ご紹介したガレ工房の多くの工芸技術者たちが考えた様々な素晴らしい技術と表現能力は素材との組み合わせによって、無限の世界を獲得したといえます。美しい花や現実にあるがままの自然とそこに生きる人間たちの生きざま、歴史という人の生きた痕跡(建築遺跡、生活遺物、工芸品、古美術品など)、思想、哲学、音楽、などなどの生きた証を残しました。しかし一番大切なことは、どう自分が生きるか、ないしは生きてきたか、ということだと思います。その「生きた自分」という刹那的郷愁、ノスタルジアを残すという行為が作品作り、すなはち技術を通して「芸術」に昇華してゆくのではないかと思います。その作者の感動、苦悩と人生を共に追体験する、それが「観賞」ということになると思います。
ガレは若いときから「白血病」に悩まされ、「死」と向き合ってきました。自分はいつかいなくなる、無に帰す、その現実を克服して「永遠なる自分」を残すには「制作」しかありませんでした。その生きざま・研ぎ澄まされた感性を一連の作品に凝縮しました。色彩、テーマにそうしたガレの精神的深まりが表現されていきます。「芸術・美術」とはそうした人類の貴重な叡知と努力、生きざまの結晶、宝といえる大切なものなのです。
小花瓶に刻まれたガレのサイン
今回の作品の「城と森と湖の小ガラス花瓶」アップです。ガレの永遠のテーマである自然。人の築いた城、深く神秘な森、静寂な湖。それらの関わりをどういう素材で、どう描くか、そこにガレの世界観、全人生が投影されているといえます。そのさまざまなメッセージをこちらがどう読み取れるかは、観る側の経験と観察力によります。自由です。
今後、よりガレの作品が好きになり、愛するようになったり、彼の作品をより理解したくなった場合、これをきっかけ、チャンスとして彼の人生、作品に迫り、伝記やプロフィール、経歴について詳しくお読みいただければ、かなりガレに近づけるのではないでしょうか。それは著者として望外の喜びです。
ガレの魅力的な作品