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掌(てのひら)の骨董

日本骨董学院・学院長
東洋陶磁学会・会員
日本古美術保存協会・専務理事 細矢 隆男

掌の骨董99.ドイツ第二帝国時代とバイエルン王国の切手


人生最初のコレクション・古く美しいバイエルン王国の切手

 記念すべき連載100回まであともう1回となりました。
 今回は自分自身が形成された時期と思う小学4年から5年生頃の金額で3円、5円と小遣いをはたいて集めた古切手のお話です。果たして切手が骨董に入るかすら分かりませんが、細かいことはご寛恕ください。

 なぜ小学4年から5年生の頃が自分の人間形成期であったかですが、以下その理由を考えてみました。

①父がドイツ人の友人からもらった、戦前のドイツを紹介する髭文字の白黒写真本をいつも見ていて、きっとこの一冊の本が私の感性を育ててくれたのだと思います。


デューラーの名画「騎士と死と悪魔」(エッチング)

 デューラーの名画「騎士と死と悪魔」やドイツ中世都市であるローテンブルクの美しい城郭やバンベルク大聖堂と騎士像、ロマネスク様式の中世建築の数々、リーメン・シュナイダーの彫刻(旅のコーナー・第3回参照)、古代美術、ドイツ第二帝国(第一帝国はカール大帝の神聖ローマ帝国、第二帝国はプロイセン王家による帝国、フリードリッヒ2世による富国強兵政策が有名。また鉄は国家なりとしたビスマルクが後の宰相として活躍。第三帝国はヒトラーによるナチスドイツの帝国)の美術世界に馴染んだことが私に決定的に大きな影響を与えたのだと思います。

②親戚の家の庭で土堀りしていて遊んでいたら江戸時代の古銭「一分銀」を偶然掘り出し、これは何だろうかと勉強したこと。
③黒沢明監督の名画「蜘蛛巣城」が封切られ、父に連れられ観て感動し、画像とストーリー(シェークスピア原作・マクベス)をすべて記憶した。この映画により、刀剣甲冑に興味を覚え高校2年で刀剣鑑定の勉強を始めたこと。


名画「蜘蛛巣城」の一コマ(東宝映画より)

④東京国立博物館で3000年前の子供のミイラに「死」を観て、驚愕とともに感動し、古代エジプトに興味をもったこと。(掌の骨董・10回18回25回参照)
⑤三葉虫や古生物に興味を持ち、図鑑を調べ、絵を描いたこと。
⑥良心的な切手商と知り合い、古い切手に興味を持ち、安く買えて気に入ったドイツ第二帝国やバイエルン王国、ダンチッヒの切手を少しずつ集め始めたこと。(今回掲載分)
⑦母が近くの絵画教室に通わせてくれて、絵を描き始めたこと。
⑧昆虫採取に東京練馬の石神井公園に行き、昆虫よりそこの古城跡に興味を持ち、城主の豊島氏や、彼らを滅ぼした太田道灌について調べた。江古田古戦場を訪れたこと。
⑨叔父たちの影響でベートーベンやシューベルトの音楽を聴きはじめたこと。
⑩赤いガラスに「美」を感じ、こだわったこと。
⑪三橋美智也の歌う歌謡曲「古城」が好きになったこと。

 以上がその理由づけのように感じます。今思うとかなり風変わりな子供だったと思います。やはり①の影響が非常に大きかったと思います。美術につながる運命の「本」との出会いでした。

 古い切手、あの頃は何で切手に興味を持ったのか?おそらく①の影響で、思い出すと懐かしいです。東京中野に生まれましたから、近くのアパートに切手を研究する切手商・マニアがいると知り、そこを訪ねました。
 暗い屋根裏みたいな狭い部屋で、丸く少し大きなアルミのお椀のようなシェードの付いた電気スタンドをたよりに専用ピンセットで大切そうに切手を扱う研究者のような額の秀でたご主人が世界の切手を見せてくれました。
 新しい切手の世界に眼を見張りました。たくさん見せられ、どれが好きかと聞かれ、赤が好きでしたから、直感的に指さしたのがバイエルン王国の赤い切手でした。ほう、と彼は軽く驚き、赤いバイエルン切手を1枚、パラフィン紙に挟んで私にプレゼントしてくれました。それが私のコレクションの最初でした。今もストックブックに大切にストックされています。(写真①の切手)
 そこにはたくさんのドイツ第二帝国時代の切手やバイエルン王国の切手がストックされてありますから、小遣いを手に足しげく通ったのでしょう。教えていただいたご主人の顔もおぼろげながら覚えてます。


バイエルン王国の古切手

  先の「一分銀」の属する古銭は高価で、子どもにはとても手が出ませんでした。
 金貨は買えませんが、古銭も魅力的でした。これは今でも深入りは無理にしても、スペイン金貨やフランスルイ王朝金貨、ギリシャの最古のドラクマ銀貨も魅力的で素晴らしく、美術価値もありますね。江戸時代後期から、明治時代に活躍した天才彫金師・加納夏雄の彫った型からプレスされた明治金貨は今では大変な資産価値があります。


明治金貨

 金は今や最高値を更新して、さらに高値をめざしているようです。暴落説の出る時は、投機筋が買い集めてる時ですから、逆に暴騰する可能性もあります。インフレに強く、価値も安定してるようです。


龍切手

 子供の頃の憧れの的、日本の明治時代最初の「龍切手」は高額で買えませんでした。初期の「切手趣味週間」である見返り美人や月と雁、ビードロを吹く女、写楽など海外でも人気の「切手趣味週間」もしばらくは買えませんでした。

 私は明治、大正時代の通常切手に魅力を感じます。今は買いやすい値段になってますから、これからは偽物は多いのですが、日本の龍切手と通常切手を研究しながら、子供の頃の夢を追い、さらにこれからも美しいバイエルン王国の切手やエンタイア(封筒に貼られたままの使用された切手)、ドイツ第二帝国時代から第三帝国時代のゲルマニア、ダンチッヒの抜けたあたりを探せればと思っています。特にバイエルンのエンタイアに興味があります。


エンタイア

 なぜバイエルン王国の切手か、ですが、やはり子供の眼から見ても「美しい」と感じたからです。王家のシールが日本にはない、独特な美と権威を感じさせました。

 この時代のバイエルンは文化的に絶頂期で、ワーグナーやニーチェが活躍し、美人として誉れ高い王の従姉妹にしてオーストリー皇后エリザベートが滞在したりしていました。


エリザベートの肖像画(シシィ博物館所蔵・ホーフブルク王宮内)Elisabeth von Bayern Sisi-Musium

 ルードビッヒ2世は半ば狂気じみた国王で、破格の美意識からノイシュバンシュタイン城を築き上げました。あの城は当時、誰も考えないような非常に美しく斬新な城で、後にデズニーによりおとぎの国の城のモデルになった城です。城はもともと国を守る意味から堅固に造られますが、この城は湖との調和から生まれた美のための城でした。世界一美しい城との評判ですが、私はどちらかといえば、やはり質実剛健な城の方が好きです。私が訪れて感動した古城はスペインに近いフランス国境のカルカソンヌ古城です。素晴らしい城で、昔の面影そのままの大きく頑丈な古城です。城の中に建てられたホテルに3日間滞在して堪能しました。また詳しく「旅」のコーナーにてご紹介できればと思います。


ノイシュバンシュタイン城

バイエルン古切手

 今回の連載は子供の頃を思い出すよいきっかけになり、楽しい時間となりました。

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