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インターネット公開文化講座

文化講座

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掌(てのひら)の骨董

日本骨董学院・学院長
東洋陶磁学会・会員
日本古美術保存協会・専務理事 細矢 隆男

掌の骨董25.スカラベと護符(アミュレット)


掌のスカラベ(20mm)

 私はエジプトの美術品が大好きなので、こちらの連載でも以前にアラバスター小壺をご紹介したことがありました。そのほかにも王族の墓に埋納されていたと思われる出光美術館旧蔵品のアラバスター大鉢もありますが、今回は、いままで少しずつ集めてきたエジプトの小さな美術品、芸術品に登場してもらいます。
 エジプト人たちの直接的な宗教的遺産であるスカラベとアミュレットほど小さな美術品は世界を探しても少ないと思われます。米粒に極小文字を幾つ書けるかというような微細工芸なら確かにあります。でも、スカラベやアミュレットが真に宗教的な意味を付与され、紀元前7C~3Cの時代に作られ、護符、お守りとして使われてきたやきものであったり、祈りの対象としての宗教的遺品であったりしたということを考えると不思議な感覚にとらわれます。

 では、まずはスカラベscarabから。古代エジプト人が象徴的に神聖視した一種の甲虫で,タマオシコガネまたその甲虫をかたどったエジプトの彫刻の名称です。日本では通称「ふんころがし」もしくはコガネムシ。その名からも想像がつくように、獣フンのかたまりを後ろ足で転がす虫をさします。古代エジプトでは丸い大きなフンのかたまりを太陽になぞらえて、この甲虫が太陽の運行をつかさどるのだと考えました。甲虫はこのフンの中に卵を産み付けて孵化させる習性があることも、古代の人々にとっては不思議で驚きだったようです。この虫の本能的な営みを真剣に観察して、太陽の運行をつかさどる力とオーバーラップさせるなど、やはり古代エジプトの人たちの発想はスケールが違います。また甲虫を意味する古代エジプト語のケペルが「生成」とか「天地創造の太陽神」、「再生」の意味にも通じたことから神聖視され、先の習性と相まってそれらのシンボルとして彫刻や印章、護符、装身具のデザインに使われるようになったと考えられます。大きいスカラベは死者の書を彫られて防腐処理された遺体の心臓にあたる部分の上に置かれたりしたようです。

 最近の研究によって、この甲虫(スカラベ)は夜動き回るときに天の川、すなわち銀河の星々の方向を頼りに自分の巣の位置を確かめていることがわかりました。それはプラネタリウムでの実験で、銀河を投影した場合としない場合の甲虫の帰巣率が大きく違ったというから驚きです。星にこだわる不思議な甲虫。そうしたスカラベの持つ特性に着目した古代エジプト人たちも天文の知識に秀でた観察力、洞察力を持っていました。


裏にヒエログリフの入ったスカラベ(8mm)

 それから、リビアングラスで作られたスカラベもこの機会にご紹介します。これは現代の作品ですが原料は、エジプト西部で採取される2900万年前に地球に衝突した隕石の熱反応でできた天然ガラスでできています。ツタンカーメン王の墓から出土した装飾品にも使われていたことから有名になりました。シトリントパーズのような色合が美しいです。


リビアングラスのスカラベ

 10年ほど前にエジプトを旅した折に、私はあの有名なツタンカーメン王やその父のアメンヘテプ4世が住んでいたカルナック神殿を見学に訪れました。奥に、大きな石に彫刻されたスカラベがあり、そこは禊に使う聖なる池に近い場所であったことから、再生・復活というその宗教的重要性に着目したことがありました。


カルナック神殿のスカラベ

 いま私の手元にも小さな、米粒のようなファイアンス製のスカラベとステアタイト(凍石)製の裏彫の見事なスカラベがあります。この作品の裏には、印章として神官像と変形の唐草文がとても繊細に、優美に規則正しく彫られています。小さいファイアンス製のスカラベには穴も穿たれており、紐が通せます。裏にはヒエログリフらしき文字も書かれています。これはネックレスにもなり、装飾品であるとともに宗教的な護符でもあったと考えられます。


ステアタイト製の神官の裏彫りをもつスカラベ(18王朝頃20mm)

 アミュレットは、通常ミイラを巻く布の間に挟んで被葬者を悪霊から守った「護符(お守り)」とされ、魅力的な作品が多いです。単独でネックレスなどに使われて、首にかけられることもあったようです。紐が通る繊細な穴がきれいに穿たれていて、ファイアンスの青がとりわけきれいです。大まかにですがファイアンス(初期陶器の釉薬の一種で錫成分が多いもの)の色を分類すると次の3種類あることに気がつきます。①濃いブルー ②緑っぽいブルー ③空色のような薄い美しいブルー 
 私の持っているアミュレットも小さいので写真でどれだけ拡大できるか、またどれほど鮮明に表現できるかわかりませんが、トライしてみましょう。


アミュレット3点

 左端の48mmのトトメス3世は、ルーブル美術館にある巨大なトトメス3世石像のまったくのミニチュア版といえます。トトメス3世(18王朝・紀元前1478年から1425年頃)は義理の母であるハトシェプスト女王に即位されて、王位を継ぐのが遅れて、それを恨んでハトシェプスト女王の死後、その像やヒエログリフを破壊したという説と女王という先例を残さないために破壊したという説で有名です。強大な権力を背景に君臨しました。このアミュレットは古く壊れやすいのでネックレス仕様に金で補強してあります。上の写真中央はBC664~630頃の48.5mmのトト神です。


ベス神のアミュレット(9mm)

 この他にも、ウシャブティとかウシャブチと呼ばれるミイラ形の小さな人形のような面白い作品があります。王の死後、来世では王といえども平等に労働をすることになっていましたが、労働を嫌う王族は代わりに王の姿に似せた人形を作って墓に持ち込み、これらに毎日働かせようと考えたようです。これらも小さいながら、エジプトの古代美術品として十分楽しめるものです。


ウシャブティの数々(190mm~94mm)

 ギリシャ神話にアトラスという世界を背負う神がいます。羽を持ち天球・蒼穹を支える姿をしていて、苦渋に満ちた顔をしています。私はガンダーラ彫刻のアトラス神像を持っていましたが、その後エジプトの大気の神・シュー神のファイアンスアミュレットを手に入れました。高さわずか19mmと大変小さいのにネックレスの紐を通す穴もあいています。美しい空色のような薄色のブルーファイアンスの釉薬が掛かった焼物です。丸い大気を背負っていることから見ても、このシュー神から後にギリシャ神話のアトラス神へと神話形成されていったと考えられます。天とか大気の形が丸いという発想も紀元前の概念としてはずば抜けてすばらしいものです。


私の大好きな北海道神居古潭黒石で作られたスカラベ
掌(てのひら)の骨董
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