文化講座
掌の骨董49.漢・騎馬人物俑
漢・騎馬人物俑
私の好きな日本の作家の一人に中島敦がいますが、彼の代表作は「李陵」です。若いころ彼の格調高い漢文調の文体に惚れ込み、暗記するくらい愛読しました。
中島敦
その「李陵」に登場するのが歴史家、司馬遷なのです。彼は歴史の父といわれるギリシャのタキツゥスと並ぶ世界的な偉大な歴史家とされます。史実に基づいた中島敦の、李陵に寄せる武将としての勇猛さと知性、司馬遷の権力を恐れぬ正義感に寄せる思いの深さに魅せられました。この小作品のあらすじは、私が書くより短編ですし、読んでいただいた方がはるかによい作品ですし中島敦の傑作ですから、是非お読みいただきたいと思います。
またそれに続く三國志に登場する武将たちの世界も好きです。様々な生き方をする武将たちが生き生きと躍動して素晴らしい。特に私は曹操が好きですが、彼の後を継ぎ、西晋を建国する礎を築いた、曹操の恩人、司馬防の次男、司馬懿(しばい)も思慮深い、魅力的な人物として描かれます。曹操は少し前まで悪人としての評価が多かった武将ですが、郭沫若が評価し直してから研究が進み、今では政治家として、武将として、戦術家として、また詩人として再評価されてきています。私は曹操の208年頃の作品で、「歩出西門行」という詩を読んで感銘を受けました。このような素晴らしい詩文を書ける悪人がいたでしょうか、いる筈がありません。これは人生というものを深く考察した人物しか作り得ぬ詩文だからです。ここでの評論は本来の古美術の話とは違ってきますので、割愛しますが、曹操の幅広い知識に裏打ちされた人生観が良く表現されていて、素晴らしい内容です。彼の詩作に匹敵できる詩人は、唐時代の李白、銭起、孟浩然くらいでしょう。とにかく曹操は素晴らしい人物です。
また秦帝国を滅ぼして漢帝国を築いた劉邦の物語も血沸き肉躍る世界です。主役を演じる人物の個性、時代のタイミング、命をかける運が支配する歴史の煌めく瞬間です。まさにオーストリアの作家、ステファン・ツヴァイクの「人類の星の時間」ともいうべき歴史の輝く瞬間です。
古代中国を支配した人たちは、最初遊牧系騎馬民族です。漢の前の秦の始皇帝は眼が青かったといいますからアーリア系人種かもしれません。日本の「秦(はた)」氏は秦の始皇帝につながる一族ともいわれ、日本の有力豪族として歴史に登場してきます。
万里の長城を築いても匈奴はお構いなしに侵入してきて、なす術がなかったようです。当時の万里の長城は分担工事だったようで、完成した長城とまだ完成してない長城が混在していて、どれ程効果があったか疑問ですが、日本列島よりはるかに長い万里の長城は驚くべき建造物といえます。中国発表の数値ですが、万里の長城の総延長距離は21196キロということです。権力のすごさというか、発想のすごさというか、何とも日本人の発想にはないところです。
万里の長城
現在の北京郊外の八達嶺は明時代とされる長城とされますが、私はかって、そこを訪れた時、見える範囲の長城の果てまで歩いてみました。そこで見た光景は信じがたいものでした。いま歩いて来た長城がプツリときれいに切れて、あとはまったく別物ともいうべき本物の長城の瓦礫の遺跡が細々と続いていたのです。見学者から見える範囲の長城は現代の作り物ということが分かりました。明時代の長城とは信じがたい光景でした。きっと観光目的に作った現代の「万里の長城」というのが真実ではないでしょうか。
話がそれましたが、今回の「騎馬人物像」は以前の金銅製の匈奴の人物像と思われる印鑑(掌の骨董第31回)に続くものです。この騎馬人物俑の鑑定ポイントは漢の代表的陶器「漢の緑釉」作品に使われる陶土と同じ土が使われていることが第一のポイントです。
漢時代の様々な作品に見る特有の赤色の土
右・漢緑釉鉢の高台部分の赤味をおびた土色 左上は漢時代男子武人俑頭部の赤味をおびた土色 そして今回の騎馬人物像の同じ赤味をおびた土色に注意 土のもろさも3点とも同じです。この土は酸化焔焼成で表面の鉄分が赤くなったのではなく、元々赤い土であるようです。
次に騎馬人物像そのものの姿に描かれる冠や、やや反り身の人物表現や馬の体の形、バランス、馬における胴体の太さ、足の短さなどが観賞・鑑定ポイントです。以前の騎馬人物像は髪の毛を後ろに流している凶奴の人物が描かれていましたが、今回の騎馬人物像はきちんとした冠を被っています。この人物は武人ではなく、ゆったりとした上級文官のように見えます。亡くなられた方の生前の様子を表現しているし、馬体も立派で堂々としていて太く、足も短めで、まさに漢時代の騎馬人物俑として、座右の骨董品です。
人物俑の頭部拡大写真