愛知県共済

インターネット公開文化講座

文化講座

インターネット公開文化講座

掌(てのひら)の骨董

日本骨董学院・学院長
東洋陶磁学会・会員
日本古美術保存協会・専務理事 細矢 隆男

掌の骨董36.伊万里柿右衛門様式 あわび型成型二重唐草双鶴飛来図変形皿


掌にのる、繊細な伊万里柿右衛門様式 あわび型成型二重唐草双鶴飛来図変形皿

二重唐草文

 新年おめでとうございます。長くご愛読いただき、ありがとうございます。本年も楽しんでいただけますよう、面白い骨董品をご紹介してまいりたいと思っております。「掌の骨董」連載も36回目、3年目を迎えました。どこまで続くかわかりませんが、がんばりますのでよろしくご愛読の程、お願いいたします。

 さて新春にふさわしい、おめでたく、すがすがしい作品はないかと検討した結果、伊万里藍柿右衛門様式 あわび型成形二重唐草双鶴飛来図変形皿に登場してもらうことにしました。この皿はさほど大きくなく、白地も多く、延宝年間の伊万里磁器の特徴をよく見せています。双鶴図の美しく優美な姿、藍の色と繊細な筆運び、そして美しい白磁の素地。もうそれだけで私は惚れこんでしまいます。アワビの縁に精緻な初期二重線描きの唐草文も美しい。水辺の上を自由に飛ぶ二羽の鶴。横167ミリ 縦110ミリ、高さ42ミリのやや小型のあわび型成型による藍柿右衛門様式の向付となります。


おめでたい鶴図(昭和天皇御成婚祝引き出物のボンボニエール・大正13年)
 鶴は「鶴は千年、亀は万年」といわれるほどのおめでたい長寿のシンボルです。戦国時代から正月には鶴を食するのが権力者の常とされ、信長軍団の最高司令官を務めた明智光秀公も主君信長から正月に鶴を拝領したことが記録の上からも伺えます。また鶴は「鶴頸(つるくび)徳利」などと形容される独特のしなやかな美しい姿を誇ります。まさに鶴の白い色の姿は優美であると共に高貴であり、貴族の愛する鳥となりました。鳥はそもそも人間の死後、魂を極楽に運んでくれる神の世界の動物でもあり、もとは古代エジプトではバーと呼ばれ、ファラオの魂をナイル川の西側の極楽の地に運んでくれたものでした。
 そうした鳥の特性が仏教的な世界にも影響して「迦陵頻伽」として登場するようになりました。有名なのは奥州平泉中尊寺金色堂の藤原清衡の祭壇の上に荘厳される金銅「迦陵頻伽」華鬘(けまん)1対で、国宝に指定されています。

エジプトのバー
 
清衡祭壇上にかかる「迦陵頻伽」の華鬘

 ファラオの魂をまさに極楽に運ぼうとする瞬間を描いた「死者の書」の一コマ。鳥が描かれるその理由は、古くから伝書鳩に象徴される帰巣本能です。何百キロ離れていても、巣に戻るその姿から極楽をめざす権力者に崇敬されたのでしょう。また船乗りはみな鳩を数十羽船に持ち込み、しけで船の方向が分からなくなると鳩を放しました。鳩は一番近い陸地を必ずめざしたといいます。その方向に向かえば助かるのです。多くの船乗りの命が鳥の習性で助かったといわれます。そうした鳥の習性が宗教的にシンボライズされたのが迦陵頻伽です。これはバーのように頭は人間で、体は鳥という姿で描かれ、貴ばれたのでした。
 柿右衛門様式はもともと輸出手の作品の総称として明治以後使われてきた名称とされます。
 色絵が主流で輸出され、藍色の作品は国内向けに製作された傾向が強いようです。色絵は美しく、繊細で東インド会社の要望に合う作品でした。中国にもない繊細優美な色絵は大変な人気を博し、後に18世紀初頭のドレスデンのマイセン磁器の出現を促します。その結果、ヨーロッパに磁器の技術が広がり、柿右衛門様式の色絵磁器の衰退を迎えますが、その後、利益追求型の鍋島藩中枢の方針は、元禄時代の米相場を支えた商人たちに向けて製作された「金襴手古伊万里様式」の作品に転換してゆきます。金彩が多く使われるのが特徴です。時の米相場で活躍した富裕な商人たちはかなり派手な作品が好んだようです。洗練された柿右衛門様式には原則的に金は使われません。過渡期の後期に若干使われる程度です。一方、藍柿右衛門様式の作品は、国内のセンスのいい武家や大名に好まれた作品ではないかと考えられます。なんとも日本人に愛されるセンスのいいすばらしい図柄が多いジャンルです。
 万年の長寿を祝った「亀」は絵としての優美さはなく、鶴のさわやかさの足元にも及びません。しかしめでたい亀は多く絵ややきものに登場します。
 高台には三重鋸歯文といいますか、蓮の重花弁が図案化されて描かれています。高台裏には当時の描き方で「福」の字が描かれています。この「福」は珍しいものです。


福の字

 それから江戸時代の鶴は天から舞い降りるのが原則です。この二羽の鶴はつがいでしょうか、仲良く飛んでおります。鶴の絵は天から降りてくる図か本図のように右から左に飛ぶ姿に限定されるようです。上に向かって飛びあがる鶴は「舞い上がる」といって言葉上から嫌われたのです。武士が舞上がって(調子に乗っては)はいけないと戒めたのです。謙虚に文武学芸に処すことが武士のたしなみであったのでしょう。現代の絵師の中には舞い上がる鶴の絵を平気で描く作家もいますが、そうした伝統を知らない絵師か、または古来の慣習を無視しようとする現代的絵師か、そのどちらかでしょう。


あわび型成型の部分

 また今回の皿のベースに使われている「あわび形」はおめでたいものとされています。細く切った鮑を乾燥させた熨斗鮑(のしあわび)は古来祝い事に配られるものでした。伊勢神宮での神事に使用される国崎(三重県鳥羽市国崎町)産の熨斗鰒(あわび)にちなみ、縁起物として配りだしたのが一般に瑞祥のおしるしとして広まったきっかけとされます。

 今回は「お正月」にふさわしい、優美な吉兆図柄として「伊万里柿右衛門様式 あわび型成型二重唐草双鶴飛来図変形皿」を楽しんでいただきました。

掌(てのひら)の骨董
このページの一番上へ