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掌(てのひら)の骨董

日本骨董学院・学院長
東洋陶磁学会・会員
日本古美術保存協会・専務理事 細矢 隆男

掌の骨董 40回目 柿右衛門様式 色絵濁手三果文皿


美しい柿右衛門様式 色絵濁手三果文皿

 自分を感動させてくれる作品に出合うことは、古美術・骨董冥利に尽きるでしょう。そういう作品に出合うことは幸せそのものです。自分を驚かせるような、というか作品に吸い込まれるような感覚を体験することはすばらしいひと時といえます。こちらの連載でご覧いただいている作品は、個人的ではありますが、そうした感動、驚き、観ているうちにだんだん良くなってきたものもふくめて、自分にとってかけがえのない作品ばかりです。


色絵古九谷花鳥文皿

 前回の古九谷花鳥文皿に続いて今回登場してもらった色絵柿右衛門様式の濁手三果文皿もそうした数少ない作品です。濁手とはこの頃の伊万里に使われた独特の白地で、どのように白くするかは秘伝とされる領域でした。

 初期伊万里後期、色絵古九谷初期に工夫されて白い素地は出てきますが、私の考えでは色絵の発展には白地の研究は欠かせないと思います。なぜなら白い地にこそ美しい色絵、特に薄い色の色絵は美しく映えるからです。油彩のキャンバスを白くすればするほど、描いた色合いが繊細に見えるからです。色の発色をより美しく見せるために考えた手法といえるでしょう。まず磁器において美しい白を出すには、原料の磁石の厳選が大切になるでしょう。より美しい白い石、原料が必要です。次に釉薬の研究でしょう。釉薬は「いす灰」が使われますが、伊万里磁器は高温で焼成しないと磁器が固くならないので、当然還元焔焼成となります。還元焔焼成で焼きますと鉄分が多くなるにつれて青味が濃くなってきます。一般的な伊万里磁器の色合いはややブルー味をおびているのはそのためです。このブルーが引き出されると極端には青磁になる訳です。ブルーが強くなると、そこに色をのせて焼く場合に色の出方に微妙に影響します。色絵の色は下地のブルーの釉の色が濃くなるほど変色して、美しく出なくなります。ですから精製して釉薬の中の鉄分を少なくする必要があります。

 それと私は不思議に思うのですが、濁手の白地作品には藍色のコバルトが使われないことです。これは釉薬そのものに白の成分が何か入っているからです。コバルト、すなはち呉須は当時は中国・朝鮮経由のペルシャからの輸入に頼っていましたので、高額そのものであったといいます。金と同等の価値を有する大変高価な材料でした。節約ということも考えられますが、色絵のブルー(藍)は初期伊万里から古九谷への過程で使われています。


初期伊万里の絵皿

 それが最盛期の濁手の時代になると急に使われなくなります。そして白味は最高に美しくなります。推測するに、透明感のない「濁手」、字の意味そのままですが、釉薬が白く濁っているから釉下の高額な呉須は使わなかったと考える方が自然です。そうしますと釉薬の成分が問題になります。

 柿右衛門様式という言葉にも何かすっきりしないものを感じます。江戸時代は伊万里磁器の生産方法は鍋島藩の最高機密に属する厳重管理のもとに置かれました。特に献上品の鍋島の製作方法やハイレベルな技術は秘伝とされ、専門の工人のみの知るものでした。今の時代と違い、個人作家は存在せず、みな藩に管理される名もなき陶工でした。当時の技術を引き継ぐ、現在の人間国宝14代今泉今右衛門さんの秘伝、「墨はじき」の技法はどこにも真似のできない高度な製作技法とされてきました。


元禄時代の鍋島様式陶片に見る「墨弾き」技法により描かれた青海波文様

 そのように江戸時代の伊万里磁器は技術の流出を大変警戒しました。真似をされたら将軍家や天皇家に献上する「鍋島」磁器の希少性が無くなり、献上する意味がなくなり、それは外様大名としての鍋島藩の存続に大きく影響するからです。鍋島藩しか作れない物を献上するからこそ意味があるのです。伊万里磁器の発展の歴史には、そのように秘密が重視された歴史がありますから、当然「濁手」にもそうした秘密があってもおかしくはありません。

 その謎はいずれ解き明かすにしましても、今回の三果文皿は美しいです。三果文とは三種類の果物という意味です。桃、仏手柑、柘榴です。桃は古来、悪霊を祓う、すなはち悪魔を寄せ付けない霊力を持つ果物とされてきました。桃太郎の鬼退治がいい例です。また延命長寿をも表すとされています。中国や韓国(朝鮮)では古来王様には大きな桃を献上する習わしがありました。


王に桃を献ずる李朝貴族木像

 貴族たちが書道で使う水滴には桃の形をしたものが多いのも頷けます。今回のように絵に描かれることも多いのです。

 また柘榴は種が多いことから多産、子孫繁栄、豊穣のシンボルとされますおめでたい果物です。同じものとしては、葡萄、瓜、魚(卵をたくさん産む)などからおめでたい文様とされます。仏手柑は仏のありがたい手に似ていることから付けられた名前です。

 今回の作品の見どころは、やはり美しい素地、濁手、色絵の見事さに尽きるでしょう。特に桃や柘榴の葉の緑色絵のと藍色の濃淡にその見事さが描かれていて、感動的です。
 色絵の釉薬は鉛ガラスに呈色材を入れて色をだしていますが、鉛ガラス、すなわちクリスタルガラスは一般的なソーダガラスに比べて経年変化しやすいのが特徴です。変化の過程で表面に光を反射させると薄く七色に輝くようになります。鉛の含有量にもよりますが早いもので70年から80年ほどで薄く七色に見えるようになります。古九谷などになりますとかなり顕著な特徴となり、重要な鑑定ポイントとなります。


古九谷色絵に見る釉薬の銀化

 それは当然色絵の柿右衛門様式にも出る現象です。釉薬に光を反射させてみてください、きれいな虹のような彩を見ることができるようになります。これを「虹彩」といいます。もっと古くなると、たとえばローマ時代のガラスとなると、銀化といって七色から銀色に美しく変化します。美しいガラスの変化は非常に魅力的です。ローマングラスの最大の見どころであり、ガラス美の極地といえるものです。


ローマングラスの美しい銀化

 古九谷で今から380年ほど前の製作ですが、かなり虹彩が見られます。それどころか釉薬そのものに亀裂が生じて、中にははがれる寸前のものもあります。そうした亀裂や釉薬の変化は偽物にはありませんので、真贋の重要な見どころとなります。


古九谷色絵に見る釉薬の亀裂

 今回は釉薬だけでなく、地にも虹彩がきれいにたっています。ということは地の釉薬にも鉛が含まれているということになります。

今後の研究課題です。

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