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掌(てのひら)の骨董

日本骨董学院・学院長
東洋陶磁学会・会員
日本古美術保存協会・専務理事 細矢 隆男

掌の骨董74. 李朝白磁染付福寿文杯


李朝白磁染付福寿文杯

 今回は白磁マニアに人気の「李朝白磁染付福寿文杯」を取り上げました。現在は韓国の要請で「李朝」という言葉は使わなくなり「朝鮮」と表記されます。なぜでしょうか。

 1392年、高麗王朝を倒し、臣下の武将、李成桂が王朝を簒奪し、李氏王朝を建国しました。いわゆる戦国乱世の下克上です。当時の高麗王朝は中国のチンギスハーンの次のフビライハーンの元王朝に支配され、日本の奥州藤原氏の豊かな黄金をねらった2度にわたる「元寇」を元に強制され、ご存知のいわゆる神風、台風によりあまたの将兵と軍船を失い、財政的にも軍事的にも疲弊していました。いろいろ事情もあったでしょうが、その弱り切った高麗王朝の隙を狙い、一武将の李成桂が王一族を殺戮して王朝簒奪をしたのです。


元寇絵巻(日本を攻めた兵は大半、元に指揮された高麗兵でした。蒙古襲来絵詞より)

 高麗王朝の政治、文化が乱れた14世紀末期に次第に仏教がすたれ、代わり中国の影響が強まり、古代中国に成立した孔子の教えを朱喜が当時の世に合った教えに改変した「朱子学」という「儒教」が高麗に伝わりました。ご存知のように、孔子の教えの根幹は「目上に対する敬意と礼」であり、「仁義」です。しかし李成桂の行った主殺しの下克上はそれら孔子の教えに明らかに反する行為でした。

 韓国政府は国民や世界に対し、こうした悪いイメージを払拭したかったのではないでしょうか。そこで500年におよぶ「李王朝」を「朝鮮時代」と変えようとしたのですが、私は名称を変えても、歴史の事実は変わらないし、朝鮮より李朝の方が名称として馴染んでましたし、好きですから、今でも「李朝」と表記し、呼んでいます。


美しい高麗青磁作品

 もともと高麗青磁は完成度の高い素晴らしい陶器であり、韓国の美術を代表する美しいやきものです。そのあと李朝が成立し、後に桃山茶道に珍重された「粉青沙器」である鶏龍山系茶碗が流行り、たくさんの茶道具が日本に輸入され高価になるにつれ模倣されるようになりました。


鶏龍山鉄絵唐草文徳利
(15世紀~16世紀)

 秀吉による「文禄・慶長の役」すなはち「朝鮮の役」の敗戦時による「侘び・寂び」系道具を焼く陶工の大量拉致により鶏龍山系陶器が壊滅します。(そのかわり日本に連れてこられた李朝陶工は唐津、伊万里、上野、高取、薩摩、萩、砥部などで活躍し、日本の陶芸に大きく貢献した)儒教の隆盛にともない、技術を高めた白磁の技術が「儒教」の白を重んじる宗教的傾向に乗り重んじられるようになります。白色は何物にも染まらない純潔を表し、精神的高まりを表します。王侯貴族階級の両班(ヤンバン)は外交、王宮行事以外は白色の服を身に着けました。


白い服を着た両班(ヤンバン)

 家の内部は白色に統一され、白色の磁器、白磁を使用し白服を着て、白に徹しました。

 14世紀くらいから李朝白磁は登場しますが、白磁は高麗初期や唐時代以前からあり、また三國志の英雄、曹操(220年死去)の墓である「高陵」から白磁の壺が発見されており、最も古い白磁と考えられますが、儒教との関連は不明であるとともに、曹操が儒教を重んじたとは考えにくいと思います。


曹操高陵から発見された最古級の白磁壺

 このように宗教的、思想的な要請から発展した「白磁」ですが、李朝白磁の大きな流れは

①李朝初期の「鶏龍山系白磁」


②広州道馬里窯の白磁片


③広州金沙里窯の白磁


④広州司壅院(しよういん・王宮の食事を司った部門)分院の白磁


⑤大正李朝染付


の5つに分類されます。
本作品は④の広州司壅院分院時代後期の白磁杯となります。時代的には19世紀の作品で、分院白磁最後の光を放ってます。私は広州道馬里窯の白磁が一番好きですが現存する良品は高価で数少なく、昔、現地窯跡から採取した最高レベルの皿の陶片しか持っていません。写真②。ソウル国立博物館の徹底した窯跡調査が行われた後に現地を歩いたので、何も見つからず、半分根元を掘られた根の奥の奥にこの陶片が白くキラリと光ったので、見つけることができました。この白磁片はどの白磁作品と比較しても最高の上がりで、後に高級骨董店で見せられた広州道馬里窯の皿と同じ上がりでした。値段は500万ウォン、当時の日本円にして約55万円でした。喉から手が出るほど欲しかったのですが、手持ち資金では足らないし、出国時の税関も心配ですから、その時は断念した思い出があります。

 この白磁杯は幅60ミリ、高さ42ミリのとろっとした上がりで手持ちの重さも良く、口は薄く高台脇は厚く、中央の彫りが深く、まさに分院白磁杯の特徴を持っています。福寿変字体文で、様々な字体で福(裕福になること)と寿(長生きすること)のおめでたい字が様々な字体で書かれています。彼らには「金持ち」「長寿」「子孫繁栄」は三大願望だったのです。


分院作品鑑定ポイント・高台の特徴の深い彫りと美しい肌

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