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掌(てのひら)の骨董

日本骨董学院・学院長
東洋陶磁学会・会員
日本古美術保存協会・専務理事 細矢 隆男

掌の骨董27.初期伊万里染付草花文陶片


見たことのない絵付の陶片

 今年のお正月は行方不明の良寛和尚の軸を探すことと、ついでに教材の整理整頓に費やされました。年明け最初の講座が6日にあるのに、そこで使うことになっていた良寛の軸が行方不明です。どうしてもさがさないとなりません。資料が詰まっている二つの倉庫の中から見つけ出すのは大変です。しかし良いこともあります。長くしまい忘れていた作品が出てくるケースが結構あり、何ともうれしいのです。あっ、こんなところに、こんな素晴らしい作品があった!...と、何か宝物を掘り出したみたいな、得した気分になります。今回の「初期伊万里染付草花文陶片」もそうした思わぬ宝ものの一つで、全くいつどこで購入したものかも忘れ去っていたので、出てきてびっくりしました。

 この「初期伊万里染付草花文陶片」の高台作りは、数ある初期伊万里窯場のなかでは、百間窯で製作された作品と推定できます。


同じ百間窯で製作された秋草文の杯作品

 これまで数多くの初期伊万里作品を見てきましたが、この陶片ほど見事な草花文の描かれた作品は記憶にありません。九州陶磁文化館発行の柴田コレクションカタログにも掲載されてないと思います。きっと何十年か前に、初期伊万里作品を集めていた時期に、いくつかの作品とともに手にいれてしまい込み、忘れたのだと思います。

 
初期伊万里染付草花文作品の細部

 作品をよく観ますと、長い間土中にあったため、白濁した李朝白磁を思わせる長石分の多い釉薬はカセて光沢を失い、何ともひなびた、独特の味わいです。直感ではこの草花文は琳派の祖である宗達の技法「たらしこみ」の雰囲気があり、ぼかしの描き方もどこか琳派風です。


宗達の「たらしこみ」技法

(描いて乾いてないところに違う絵の具をたらして、自然のぼかしを入れる技法)
絵画のように、陶磁器にたらしこみの技法の応用は難しいと思いますが、それに近い技法は可能ではないかと考えています。私はかねがね伊万里作品の素晴らしい絵付は京都の宮廷絵師や琳派の系列の絵師に依頼した下絵を元に描かれた作品が多いと思っております。「鍋島」や「柿右衛門様式」の延宝時代の素晴らしい風景画や様式美の強い幾何学文作品にその感じが強いように思います。


「鍋島」の洗練された素晴らしい幾何学文様

 何千種類の絵付け作品はそうした京都の絵師に依頼した下絵のバリエーションから製作されたと考えないと納得できないところがあります。特に「鍋島」作品は徳川将軍家、天皇家、譜代大名たち、公家たち、大奥の女性たちに配られた献上品であり、有職故実がわからない絵師には描けません。これは宮廷の約束事であり、極めて少数の専門家のみ知りうる図柄の決まりだからです。宗達やその工房の専門家はそうした有職故実に詳しく、桃山時代後期の美濃作品、例えば志野や織部などの作品の絵付は彼らが関係したのではないかと私は思っています。


志野作品の絵付

織部作品

 また光悦、宗達のあとを継ぐ光琳、乾山の父は京都御所に出入りする呉服商、雁金屋の主人であり、有職故実と図柄に通じた専門家でしたから、琳派が京都の芸術の中心であったことは間違いない事実です。

 
宗達の「松島図屏風」に描かれた波図と延宝時代の柿右衛門様式の作品に描かれた波図

 当時の一級絵師である宗達から光琳の時代は伊万里作品の最盛期と重なります。そうした専門家の下絵に従って描けば、献上品である「鍋島」も安心して製作できます。
そうした後々のための試みがこの初期伊万里作品の絵付けになされたとしても、おかしくはないと思います。

 この初期伊万里陶片は観れば観るほど、素晴らしい絵付け作品で、惚れ惚れとします。

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