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インターネット公開文化講座

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掌(てのひら)の骨董

日本骨董学院・学院長
東洋陶磁学会・会員
日本古美術保存協会・専務理事 細矢 隆男

掌の骨董15.かわいい神獣・ルリスタンの青銅製鳳凰

 ほれぼれとするほどのかわいい造形の鳥。わずか65ミリ、高さ35ミリほどの大きさのものですが、ヒクイドリをモデルにした鳳凰と考えられます。製作地は推定ですが、イラン南西部のルリスタン(Luristan)と考えられます。青銅器時代末期から鉄器時代前期ころ、すなわち紀元前1500年から紀元前500年ころの遊牧系騎馬民族によって製作された作品と考えられます。遊牧系騎馬民族は交易と動物飼育がメインの仕事ですから、動物に対する観察が鋭く、彼らの製作する動物を模した金属製品にはすばらしいものが多く、美術愛好家の間で注目されてきました。当時の金属は大半が青銅であり、それらは極めて貴重な金属でもありました。戦闘に使われる武器や祭祀の中で使用される青銅器に神獣的、呪術的な要素を取り込むことによって、剣や斧、槍などの武器にレリーフされたり、彫られたり、描かれることによって、戦闘する自分を守ってもらう守護神、護符としての形に変化していったと考えられます。後の戦国時代の日本刀にも梵字や毘沙門天、龍などの神獣が彫られることがあったことを考えますと、同じ護符としての機能を持たせたものだと納得がいきます。

 そののち前6世紀から前3世紀に、黒海北岸を中心とする南ロシアの草原地帯に栄えたイラン系騎馬民族スキタイ(Skythai)による文化に受け継がれ、鳥獣の闘争する姿を躍動的に表現したりしています。スキタイは前6世紀に黒海北岸に国家を建設し、前4世紀に最も繁栄し、紀元前260年頃に衰退したようです。その後、闘争する鳥獣表現は、中国では静的な神獣に変化して魏などの王から卑弥呼に与えられたという三角縁神獣鏡などに描かれるようになっていきます。


三角縁神獣鏡

 エジプトではバーという鳥が描かれますが、その鳥は鳥の体に人間の頭という姿で「死者の書」に描かれています。この鳥は中国、日本では「迦陵頻伽」(かりょうびんが)となって、有名な中尊寺金色堂の正面、清衡壇の上左右に配されている「華鬘」に表現されています。エジプトでは死者の魂を正確に天上世界に導く鳥と崇められてきました。羽を広げ、姿を誇っているような姿です。鳥は伝書鳩に代表されるように、帰巣本能が強く、何百キロ離れていても元の場所に戻るといいます。昔、地中海を旅したフェニキア人は、嵐で方位がわからなくなった時に、連れていった鳥を空に放ったといいます。その飛んでゆく方位に必ず陸地があったからです。人間には理解できない超能力が鳥には備わっているのです。それゆえに鳥への憧れや畏れが、鳥を神獣へ押し上げていったと考えられます。


エジプトのバー

中尊寺金色堂の華鬘(けまん)に描かれた
迦陵頻伽(バー)は 切手の図案にもなった。

 またエジプト神話に伝わる「ベンヌ」という鳥の意味も興味をかりたてます。ベンヌ(Bennu)は、エジプト神話に伝わる不死の霊鳥で、その名は「鮮やかに舞い上がり、そして光り輝く者」を意味するとされます。ベンヌは主に、長いくちばしをした、金色に輝くアオサギだとされます。他には爪長鶺鴒、または、赤と金の羽がある鷲ともいわれます。

 ベンヌはアートゥム、ラー、または冥界の王オシリスの魂であるとも考えられています。エジプト神話では、ラーはこの世の始めに、混沌(カオス)または原初の海である「ヌン」から、ベンヌの姿で誕生したとされます。すなわち.この世の最初に誕生した鳥であることから、ベンヌの鳴き声によりこの世の時間が開始されたともいわれます。冥界の王オシリスの妻イシスとの間に生まれたホルス(ハヤブサ神)であるともいわれますし、またはギリシャのフェニックス(不死鳥)のモデルともいわれます。

 これは重要なことで、ラー、すなわち太陽がフェニックスとつながり、赤、朱との関係も、意味合いも関連つけられます。中国から日本にも受け継がれた「四神」すなわち、朱雀、青龍、玄武、白虎のうちの朱雀がそれに該当し、南の方位を守る象徴となります。朱雀大路、朱雀門という名前に使われています。手塚治虫の「火の鳥」もフェニックスを扱った作品です。火がフェニックスと関連付けられています。火の玉、太陽=南=永遠=不死と考えられたのでしょうか。ラー(Ra)は、エジプト神話における太陽神であり、語源は「Ra」(太陽)です。ヒクイドリはもともと獰猛な鳥ですが、首に赤い毛があるところから火を食う鳥、ヒクイドリという名がついたともいわれています。


ツタンカーメンの副葬品に描かれた太陽神ラー

 また不死鳥は中国では鳳凰となります。すなわち大鳥が鳳となるのです。ここで思い出すのが、東南アジアで盛んな闘鶏です。闘争する鳥獣は中国では静的な神獣に変化すると前に書きましたが、鶏は鳳凰の原型だと考えられますが、中には尾長鶏のように優美な長い羽と尾をもった鶏もいるのです。不死鳥の姿を考えるに、赤のイメージは孔雀ではなく、闘争心のある鶏、軍鶏(シャモ)だったのではないかと考えられます。日本では平安時代から闘鶏が始まったとされ、神事の一環で今日まで伝えられてきたようです。

 こうしてこの今回の作品を考えますと「かわいい神獣・ルリスタンの青銅製鳳凰」の長い歴史と信仰の一端が垣間見えてきます。中国においては「龍」は権力と皇帝の力のシンボルであり、鳳凰は永遠の命、すなわち「寿」を意味した長生きのシンボルなのです。前にも書きましたように、中国人の幸福論には3つの原則があり、①富 ②長寿 ③子孫繁栄 の3つが人生の幸福と考えられています。その一つである壽は「いのちながし」とも読み、フェニックス、鳳凰と同じ長寿の意味をあらわし、人間の大きな幸福の1条件を表現しました。

 この「かわいい神獣・ルリスタンの青銅製鳳凰」は造形が洗練されていて、観ていて飽きない作品です。小さい作品で、足元で切れていますから、きっと小箱か何かの蓋についていた鈕、すなわちつまみであった可能性が高いと思います。上から観ても、横から観ても、あらゆる角度から観ても完成度の高い、洗練された美しさを持っています。中でも頸が長く、頭の大きさに比して眼の表現がずば抜けて斬新で、ぎりぎりに大きな神の眼をしており、それがまたかわいく、魅力的で、古代の人たちのセンスの良さと、伝統的美意識の高さ、技術の高さを思わずにはいられません。古代中国の「鳳凰」のルーツともいうべき作品かもしれません。


かわいいルリスタンの鳳凰
掌(てのひら)の骨董
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