文化講座
第69回 明石の蛸(タコ)と「魚の棚商店街」をめぐる・蛸焼きのルーツ「明石玉子焼き」の懐かしさ

賑やかな「魚の棚商店街」
若い頃に一年間、転勤で神戸支社にいたことがありました。その事務所は花隈町という名前の海寄りの高台にあり、港が一望できるビルの最上階で、神戸の夜景がとても綺麗でした。花隈町はかつての花街といわれたところで、阪神淡路大震災の前には微かに料亭などにその余香が残った、味わいのある街でもありました。震災後は昔の味わいは跡形もなくなりましたが、「花隈城」の城主は、最近人気のNHKの大河ドラマの「豊臣兄弟!」に出てきた「荒木村重」、あの信長が「本願寺攻め」の折に村重に命じて作らせた城といわれます。後に信長に反旗を翻した戦国武将・荒木村重の作った城が「花隈城」で、今は市の駐車場になってます。

花隈城址

花隈城址の碑と井戸跡解説文
荒木村重は信長に逆らったため、人質であった妻子や家臣の妻たちが処刑されますが、自身だけは城を脱出して助かり、本能寺で信長が横死したあと、もともと利休の弟子で、茶人でもあった村重は自らを恥じて堺で剃髪、「道糞(どうふん)」と卑下して名乗り、利休亡き後、秀吉の茶の湯の師範として仕えるという数奇な運命をたどり、堺で波乱の生涯を閉じました。
花隈町のビルの最上階からは、そうした村重の歴史を秘めた花隈城跡と、かつて平安後期に平清盛により宋貿易の拠点「大輪田の泊(とまり)」として開発され、神戸港の前身の歴史がみえた思い出深い街でした。
花隈町の飲食店はなかなか雰囲気が良いわりに手頃な値段で、美味しい店が何店かあり、舌を鍛えられました。
話が逸れましたが、好きな歴史にからむので、少し紙面を割きました。

「魚の棚商店街」のポスター・「魚を与えれば、一日食べていける 釣りを教えれば、一生食べていける」とありました。
さて当時の私の休日は京都、奈良に出かけることもありましたが、私は明石の魚市場・現在の「魚の棚商店街」と隣接した寿司店が好きで、よく通いました。明石の魚市場には老舗の寿司屋さんがあり、値段は当時やや高めでしたが、味はなかなかで、人気店でした。そこのご主人は私が東京にもどってから亡くなられ、廃業されました。

新鮮さが勝負の魚たち
もちろん当時は私も若かったし、経済的に寿司だけでお腹いっぱいにはなれませんから、もう一店行くことになります。ソース味の蛸焼きは東京、大阪にも美味しい店がありましたから、「明石名物」としては、100年の歴史を誇る「レトロ感たっぷり」の下町風の老舗「明石玉子焼き・きむらや」に必然的に足が向くことになります。この店が「たこ焼」のルーツです。

レトロ感たっぷりの「明石玉子焼き・きむらや」(月火定休)
一人前20個と一見すると多いように感じますが、このフワフワ感のある玉子焼きはおいしくて、栄養価たっぷり、不思議にお腹に入ってしまい、もたれません。根来塗り風の台に載ってきますが、上塗りの朱の漆がすり減って下地の黒が出てきて、なかなか味わいがあります。そこに店の歴史の古さを感じます。食べ方としてお店の推薦は、付いてくる「ダシ」につけていただく方法と塩を振っていただく方法があります。共に美味しいですから、両方試してみてください。私はどちらかといえば、塩好みでしょうか。こうして書いていても、また食べたくなりました。

100年の歴史を誇る、「たこ焼」のルーツ、明石名物「玉子焼き」
満腹になって帰りに好きなお土産を魚市場で買います。お腹がすいている時に買いますと、あれもこれも美味しそうに感じ、買い過ぎになりますから、いただいた後、お腹いっぱいで市場を回るようにしてます(笑)。

レトロ感たっぷりの店内
シーズンによりますが、おすすめは「イイ蛸」の煮付け、くぎ煮、揚げたての大海老のフライ、生カキ(居酒屋さんなどで、その場でいただきます)。

美味しそうな「イイ蛸」の煮付け
車を利用される方は、少し足を伸ばして、明石海峡大橋を南端に走り、「鳴門の大渦潮」を遊覧船からご覧にナルトよろしいかと思います。昔、勝海舟が乗った帆船「咸臨丸」の名前の船が出ていますから、迫力ある「渦」を間近に観ることができます。

大きな鳴門の渦潮(乗船券の写真)
旅は本当に楽しいです。皆さんも美味しいものを求めて、「旅」に出掛けましょう。
明石玉子焼き「きむらや」明石市鍛冶町5-23
明石駅から徒歩6分

明石の「魚の棚商店街」の新鮮な海産物
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