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旅・つれづれなるままに

細矢 隆男

第32回 法善寺横丁・大阪 法善寺横丁の水掛不動尊と甘味処「夫婦善哉」


宵の迫る法善寺横丁入口

 以前、大阪のタクシー運転手さんに、いま最も大阪らしい街はどこですかと尋ねましたら、そりゃァ「法善寺横丁」が一番ですわ、二番が「新世界」でんなと聞き、やはりなぁと思いました。「新世界」といいますと、将棋好きな私は村田英雄の歌う「王将」で有名な坂田三吉が通天閣周辺で将棋を指していたこと、目標、ライバルとして、後に何度も死闘を繰り返した関東の関根金次郎名人を思い浮かべます。(※掌の骨董・第24回目参照)それと「ビリケン」。


通天閣とその周辺

 私が初めて法善寺横丁を訪れたのは、大学を卒業して一年ほどたった若いころ、最初に勤めた出版社の転勤で一年間神戸の事務所に勤務した折に、会社が借りてくれたマンションが新大阪近くにあり、そこに住んだ時に、以前学生時代に読んだ作家織田作之助の「夫婦善哉」の舞台である「法善寺横丁」にぜひ行ってみたいという思いがかない、会社の同僚と飲みに行ったのが最初でした。暗い路地に打ち水が光り、水商売の女性が水掛け不動尊にお祈りする姿はなかなか風情のあるものでした。以後その雰囲気が好きで何回もここに通いました。


にぎわう法善寺横丁の水掛け不動尊

 なるほど、関西弁の言葉も違い、江戸のしゃきしゃきの「粋」と違う、まさに大阪の下町には「情」がありました。やはり近松門左衛門の人形浄瑠璃の世界の本場ですね。

 たこ焼きや、昔からのお好み焼きがおいしく、小さな飲み屋の赤提灯が並ぶ細い路地が印象的で、わたしはこの地元関西弁の飛び交う狭い横丁が今でも気に入ってます。

 小説「夫婦善哉」には幾つかの織田作之助の愛した老舗料理屋が登場して、さながらグルメ巡りの感があり、それも読む楽しみといえます。今でも大半は営業してますから、ぜひ読んでみて、出かけてみてください。ちなみに日本一古いおでん屋「たこ梅」、本では「たこ甘露煮」のことが出てきます。また現在も難波で営業している「自由軒」のライスカレーも有名です。そのほか鰻やドジョウ汁の名店も出てきますから、お楽しみに。


「夫婦善哉」お汁粉店前の猫と赤い提灯

 作家・織田 作之助(おだ さくのすけ)は戦後の無頼派と呼ばれる大衆に人気の高い作家、「堕落論」で有名な坂口安吾や「斜陽」の大宰治、石川淳らとともに活躍した人気作家で、1913年(大正2年)10月26日生まれ - 1947年(昭和22年)1月10日死亡、これからという33歳の若さで亡くなった日本の小説家です。戦後のどさくさ時代を体一つで生き抜いた太宰治、坂口安吾、石川淳らと共に無頼派、新戯作派と呼ばれ「織田作(おださく)」の愛称で親しまれた作家でした。「夫婦善哉」で作家としての地位、作風を確立しました。


外人客にもその良さが認識されつつある法善寺横丁

織田 作之助作・夫婦善哉あらすじ

 近松門左衛門でも有名な、曾根崎新地で売れっ子芸者の「蝶子はん」は大阪の化粧問屋の道楽息子である柳吉と駆け落ちするが、柳吉は放蕩がたたり、親から勘当されてしまったため、「蝶子はん」との生活が苦しくなってしまう。「蝶子はん」はヤトナという臨時雇い芸者として働き始めるが、柳吉は「蝶子はん」の稼いだ金をすべて自分の道楽に使ってしまうのだった。なぜ「」でかこったのかは、「蝶子はん」がまさに大阪の女性を代表するような、というより愛すべき生命力の強さを持った、何事にもめげぬ芯の強さと愛嬌のある大阪女性として、織田作が描いたからである。
 この小説「夫婦善哉」で織田作之助は大阪の女性を書く手法を確立したといわれる。「蝶子はん」なかなかいいですね。それゆえこの作品は「命」を与えられ、名作になったのです。大阪の気質や大阪弁、情緒、風情、何をとってもいいです。こんな大阪についての作品があれば読みたくなります。それに織田作之助が好んだ、選りすぐりのグルメ案内が本の内容に含まれ、それらの店の大半が現存し、我々を楽しませてくれるので、申し分ないのです。


道頓堀近辺の賑わい

織田作之助はその著「大阪発見」の中で「法善寺横丁」についてこう書いてます。

 「俗に法善寺横丁とよばれる路地は、まさに食道(著者注・おいしい物を食べさせる店が並んだ狭い路地を食べ物飲み物が通過する「食道」に例えた)である。三人も並んで歩けないほどの細い路地の両側は、殆んど軒並みに飲食店だ。「めをとぜんざい」はそれらの飲食店のなかで、最も有名である。道頓堀からの路地と、千日前―難波新地の路地の角に当る角店である。店の入口にガラス張りの陳列窓があり、そこに古びた阿多福人形が坐つてゐる。恐らく徳川時代からそこに座つてゐるのであらう。不気味に燻んでちょこんと窮屈さうに坐つてゐる。そして、休む暇もなく愛嬌を振りまいてゐる。その横に「めをとぜんざい」と書いた大きな提灯がぶら下つてゐる。はいつて、ぜんざいを注文すると、薄つぺらな茶碗に盛つて、二杯ずつ運んで来る。二杯で一組になつてゐる。それを夫婦(めおと)と名づけたところに、大阪の下町的な味がある。そしてまた、入口に大きな阿多福人形を据ゑたところに、大阪のユーモアがある。ややこしい顔をした阿多福人形は単に「めをとぜんざい」の看板であるばかりでなく、法善寺のぬしであり、そしてまた大阪のユーモアの象徴でもあらう。」

 織田作之助はこの「夫婦善哉」の中で幾つかの大阪らしい店を紹介してる。鰻の店やドジョウ汁など、まさにグルメ旅ガイド書でもあるので、是非読んでこの街とその周辺を訪ねてほしいと思います。

 有名なグリコのネオンのある道頓堀川、心斎橋商店街の近くです。歩いているだけで楽しくなります。最近はみやげ店、「たこ焼き」の店がたくさんでき観光客目当て、若者の街化してきました。
 でも、一歩入った宵闇せまる「法善寺横丁」にはいまだに古き良き「織田作」の大阪があります。


打ち水された法善寺横丁の宵

※こちらをクリックしますと同じ著者によります「掌の骨董」にリンクできます。


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