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旅・つれづれなるままに

細矢 隆男

第2回 「延年の舞」・平泉毛越寺常行堂


延年の舞

 新年あけましておめでとうございます。コロナが収束して、本年が皆様にとってより良い年になりますよう、心からお祈りいたします。

 おめでたい新年にあたり、今回は平泉中尊寺文化の重要な一端を担う神事「延年の舞」(毎年1月20日夜)をご紹介いたします。

 わたしはもう25年前からこの「延年の舞」に深く感動して、できる限り毎年拝見して参りました。日本骨董学院の会員さんたちとも何度もご一緒いたしました。素晴らしい舞は、何度観ても感動します。

 常行堂という小さなお堂での「延年」の舞の本来の意味は、僧侶や稚児により演じられる日本の芸能のことですが、今回の毛越寺(もうつじ・もうつうじ)の延年の舞は1月20日夜9時に始まり、例年翌日の午前0時30分くらいまで舞われますから、当初から年を越しての神事奉納舞楽であったと考えられます。しかしいつしか旧暦との関係に不明な部分がでて、そうした意味合いは薄れ、奉納舞の意味合いが強く加味されて来たと私は考えてます。年をまたぐ意味は「年越し」の意味の「延年」から、かつては新年を迎えるお祝いの舞の意味を持っていたのでしょう。能では「高砂」のように、新年を祝うシンボルとして翁、媼の老夫婦の長寿を祝うことは、現代においても新年にふさわしい神事となっています。毛越寺の延年の舞においても腰の曲がった「老女舞」が舞われる点に類似性が認められます。ただ平安時代の旧暦ですと、現在の1月20日の午後9時からとの不整合性から、五穀豊穣、万民豊楽の祝詞や長寿を祝う舞いに変化して行ったと私は考えます。当然そこには最古級の神事「祝詞(のっと)」が残されて、神への言葉を声には出さず、口の中だけで唱えるという貴重な姿が残されています。他では観れない貴重な神事で、これは素晴らしいと思います。


延年の舞

 奥州藤原氏二代基衡の時代に毛越寺が創建されていますから、そのあとにこの延年の舞の原型が出来あがったのではないかと思われます。奥州藤原政権の確立までには長い合戦(前九年後三年の役)を経ねばならず、この戦いで亡くなった多くの生きとし生けるものの霊を慰め、来世、現世の幸せを祈ることは初代藤原清衡の時代の中尊寺建立願文にも記されています。そうした名君の人民をいたわる姿勢は歴代藤原氏の君主に引き継がれていきます。五穀豊穣と人民豊楽を願って奉納された、いわゆる「奉納舞楽」に該当し、古くから能楽の源流とされています「猿楽」と同じ奉納舞の流れのように思われます。すでに800年近くの歴史を経た神事です。人々に見せる目的ではなく、神に直接祈念する神事ですから、古来ひっそりと小さなお堂で行われて、今に至ったと推測されます。演者は中尊寺の関連寺院の僧侶とその子供たちに限定されて平安時代から絶えることなく引き継がれてきました。大変貴重で、稀有な文化遺産といえます。


平安時代の「阿弥陀如来像」(筆者所蔵品)

 奥州藤原氏が中心となる中尊寺の歴史は複雑で、ここで述べるのは控えますか、調べるとすごく興味が湧きます。中尊寺の歴史を知るには必修の知識といえます。八幡太郎義家から始まる源氏と奥州平泉政権との長い確執の歴史や安倍氏、清原氏の長い戦い、源義経と藤原氏との関わりが理解できます。なぜ頼朝が奥州にこだわり、攻め滅ぼしたかが分かるようになります。

 その複雑で長い歴史の紆余曲折を経て、頼朝による攻撃と戦火により堂塔伽藍が焼失し、繁栄を極めた奥州も滅亡しますが、そうした中、民の幸せと五穀豊穣を祈る「延年の舞」は今に継承されてきました。それはまさに世阿弥による能楽の創始の原点であった古き「田楽」「猿楽」を今に観る思いがします。平安時代の素朴な祈りそのものを見る思いです。

 かわいい五、六歳の子供たちのあどけない奉納舞楽は我々を穢れなき平安時代の祈りの場にタイムスリップさせてくれます。能楽を愛する皆様はぜひ一度この「延年の舞」をご覧ください。深い感動に、至福の時を過ごされることと思います。

※ご注意・今年はコロナ対策について、当日の主催者側の指示に従ってください。


かわいい5、6歳の演者たち

 最初に拝見したのは25年くらい前のことでしたから、その頃5歳だった子供はもう立派な30歳の大人となり、やはりこの延年の舞いに参加されていることでしょう。30歳は円熟の年代です。今年の「延年の舞」ではそうした舞手が演じることでしょう。

「延年の舞」を観ずして、「能」を語るなかれ、と申し上げたい気持ちです。


冬の厳美渓

 交通・東京からを起点に考えます。東京から東北新幹線で、一ノ関にでて、盛岡行きの在来線に乗り換えて「平泉駅」下車。摩多羅神の祭礼のはじまりである「火たきのぼり」は平泉駅前からスタートします。


火たきのぼり

 毛越寺まではバスかタクシーが便利ですが、迫力ある「火たきのぼり」の最中は通行止になりますが、歩いてもさほど遠くありません。
 お泊まりは、家族的雰囲気の大沢温泉旅館がお勧めです。
 お勧めのランチは伝統ある「餅ぶるまい」でしょう。一ノ関駅前の三彩館「ふじせい」か中尊寺門前に近い「夢乃風」が手軽に平安時代のご馳走を楽しめるでしょう。
 盛岡駅前には美味しい焼き肉や冷麺がありますから、ネットなどで調べてみてください。
 延年の舞の翌日は、中尊寺を是非拝観ください。金色堂や宝物館は必見です。

 また仏教美術に更なるご興味のある方は黒石寺の平安時代の重要文化財指定・薬師如来像を是非拝観ください。私には蝦夷の血の流れる薬師如来像に思えました。

※ご注意・寒さ対策は万全を期してください。


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