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旅・つれづれなるままに

細矢 隆男

第15回 湖西・マキノ「冬のメタセコイア並木道」


冬のメタセコイア並木道

 既にご存知と思いますが、私は現在コロナウイルスを避けて、仕事場を東京から奈良に移し、これまで現地でないと出来なかった古美術についての研究や資料収集、秘仏公開、写真撮影など、東京にいてはできないことを奈良、京都、琵琶湖周辺を中心に集中的に行っています。


美しい冬のマキノ・メタセコイア並木道

 そうした事から、私の琵琶湖湖西から湖北、湖東への思いは深いのです。私が考えるに、縄文時代以前からの交易ルートであり、シルクロード文物以後の重要運送ルートでもあった若狭から琵琶湖を船で大津まで、様々な歴史、文化、食品などが行き交う非常に興味ある地域です。湖東はまた仏教文化の極めて発達した地域でもあり、たくさんの素晴らしい寺院が多く、若狭から大津、ひいては奈良、京都までのルートは日本文化と歴史を形成した大動脈であり、その大動脈である琵琶湖を掌握した安土の信長は単なる戦略家ではなく、経済戦略重視した希に見る英雄であったと思います。


画像石に見る秦の始皇帝の暗殺未遂事件
(武氏祠石室画像石より)

 私は信長は秦の始皇帝を模範として実行に移していたように思います。小国から中国のように広い天下を掌握した秦の始皇帝を模範として同じことを実行できれば小さい日本は簡単に統一できるはずです。古い封建的寺院や慣習の打破、新しい経済導入のための楽市楽座開始や腐った中世的権威を弾圧するなど、古き社会を打破し新しい合理的社会の創設など極めて似ています。


信長像

 まあそうした信長の先見性と実質経済重視の姿勢は当然のことながら既得権益を守る封建的権威と衝突します。浅井攻めは思わぬイレギュラーでしたが、その計画の代表が越前朝倉攻め、比叡山延暦寺焼き討ちです。いわゆる若狭から大津までの膨大な物流と利権、権益確保と堺への恫喝はまさに信長による全国統一戦争のための最大の戦費調達作戦であることはいうまでもありません。


在原村の雪景色
雪に埋もれた村の神社

 こうしたことから琵琶湖周辺は大変注目に値します。私は琵琶湖周辺の中でも好きな場所はマキノ、朽木谷の寒村、在原村、余呉湖あたりは良いところで、冬の雪化粧した朽木や在原の寒村は魅力的です。


湖西の雪景色と樹のシルエット

 秋の紅葉から冬の雪景色が好きな私からすれば、紅葉から冬の雪景色のマキノのメタセコイアの並木道は幻想的でもあり、異国情緒あふれる美しく、長い並木道です。

 私は昨年五月から本格的に写真撮影をしていますが、この湖西、湖北、湖東あたりは住み着いて朝夕撮影に打ち込みたくなるくらい、すごく好きな場所です。真っ暗になる寸前の、微かな夕陽の薄い赤や青の光の残照が素晴らしく、魂をゆさぶる美しさがあります。


美しい余呉湖の風景

 今回はマキノのメタセコイア並木道と在原村の雪景色を皆さんに実際に見ていただきたくご紹介いたします。ちなみに在原村は平安時代の貴公子・在原業平の墓とされる遺跡もあり、かれの隠居の場所ともいわれています。


雪深い在原村

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