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インターネット公開文化講座

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旅・つれづれなるままに

細矢 隆男

第1回 岩手県岩泉龍泉洞の世界一の星空と日本一のエメラルドグリーン


日本一の透明度を誇る岩泉龍泉洞

 はじめまして。これから「旅・つれづれなるままに」の連載を担当いたします細矢です。毎月内外のできる限り楽しい旅、有意義で、美しいもの、美味しいものを体験しながら旅する情報をお伝えできればと思います。こちらの愛知県共済「文化講座」では長く「骨董・古美術」で、「掌の骨董」の連載をさせていただいて、今回で71回になります。そちらも併せてお読みいただけますよう、お願いいたします。

 私は子どものころから未知なるものへの関心が強く、中でも「旅」と歴史と美術が大好きです。夢は古きシュメールの地を旅することとイギリスのカンブリア期(5億4200万年前から4億8830万年前頃)の世界最古クラスの地層のあるイギリス西南端コーンウォール半島か、モロッコの同じ年代の地層に三葉虫や古生物の化石を掘りに行くことです。


三葉虫(カンブリア期)

 いずれもコロナ禍でしばらくは行けそうもありません。最近の最大の関心は「宇宙とホモサピエンスのルーツ」を調べることです。今回、星空の話が出ますが、宇宙はわたしの大きな関心事なのです。話がいろいろなことに飛ぶと思いますが、こうしたコロナ禍の状況では、旅の知識や情報を身につけて、いざというときにフル活動できる体制にしておくことが肝要です。いつかコロナも収束します。よろしくお付き合いください。

 では第1回の「旅・つれづれなるままに」岩手県岩泉龍泉洞の世界一の星空と日本一の透明度を誇る龍泉洞地底湖のエメラルドグリーンをお楽しみください。


うつくしい地底湖

「あ~ッ、最終バスが行ってしまった」私は洞窟を飛び出しながら、久慈行きの午後4時の最終バスが遠くに走り去るのを茫然と見送りながら、友だちに叫びました。

 大学一年の夏、蒸し暑い日産自動車の倉庫で、分厚い作業服に身を包みプレス板金整理のアルバイトして貯めたわずかばかりのお金で東北旅行の周遊券を買い、同じクラスのいまは亡き親友、中村君と旅に出ました。一人っ子の私は小さいころから友だちの田舎に連れて行ってもらったりして、兄弟のいない寂しさを旅でまぎらわせていました。先祖が秋田や山形出身ということかどうかはわかりませんが、わたしの足は自然と海よりは山へ、南よりは北へ向いてしまいます。

 最近は新型コロナウイルスのおかげで旅ができず、ややストレスがたまりつつあります。一時、Go To トラベルキャンペーンで逆に東京人は地方に来るな、みたいな差別風潮になり情けなかったのですが、やっと東京も対象となり良かったです。学生の頃はどこにでも自由に好きなところを旅できたし、よくいえば社会見聞を広げることができました。

 さてこの学生の旅の一日に戻りますが、水透明度日本一という岩泉龍泉洞を観てからバスで縄文時代からの有名な琥珀の産地、久慈に向かう予定でした。強いライトに照らし出されたこの洞窟の地底湖のエメラルドグリーンがあまりにも美しく、それに長く見とれた結果の乗り遅れでした。

 仕方なく中村君と相談して、天気もいいし、近くに温泉もあるけど野宿しようと決めて場所探しをしました。中学の頃から担任の体育の先生に連れられて登山を始め、キャンプには慣れていましたから、ちょうど近くにベンチと水場のある公園を見つけ、そこに泊まることにしました。谷あいの公園で、夕方になると東京と違って気持ちのよい風が吹いていました。明日の朝一番の久慈行きのバス時刻を確認して、早めに寝ようということになり、夜露を避けるため薄いビニールのポンチョをかぶってベンチに横になりました。公園の明かりもすでに消えていました。横になった瞬間「ガーン」と星空が眼に飛び込んできました。「うわー、すごい星空だぁー」もう大粒のダイヤモンドがちりばめられたようにギラギラ輝いてます。東京ではスモッグが強かったり、またビルの明かりが強すぎて星が見えません。月が出ていても明るすぎます。かろうじて、一番輝く金星がやっと夜空にへばり付いて見えるぐらいの明るい夜ばかりです。


感動的な縄文時代の美しい星空かんざし(鹿角製・青森県二ツ森貝塚出土・筆者のパステルによる模写画)

 東北は縄文の昔から星空の美しいところなのでしょう。ここ岩泉町は山に囲まれ、真暗で、空気も澄んでますから、星がよく見えます。天の川がすごくきれいです。きらめくダイヤモンドの密集するごとき天の川は初めて観ました。この縄文のかんざしには、星の美しさに感動している縄文人たちが眼に浮かびます。

 江戸の小咄に星を取る噺があります。あまりに星がきれいだから、熊さん(?)が屋根に登って星を手で取ろうとしたら、八っつあんが、ダメだダメだ、竿で取らないと・・というような笑い噺ですが、きっとスモッグのなかった江戸の町では星はきれいすぎるくらい、この岩泉の空のように手に取れるくらいに輝いていたのでしょう。画家ゴッホの油彩作品「星月夜」も星の光がクリアーに、しかも濃密に渦巻くように描かれていました。ゴッホの感動が伝わってきます。昔の人たちにとって星は神秘的で、しかも身近な神々しい存在でした。


ゴッホ「星月夜」
(1889年6月)ニューヨーク近代美術館所蔵

 岩泉龍泉洞の星は江戸時代の小噺のように本当に手を伸ばせば手に取れそうなほどリアルでクリアでした。

 天の川といえば、やはり松尾芭蕉の「奥の細道」が有名です。

 荒海や 佐渡に横とう 天の川

 芭蕉は美しいとか、素晴らしいという言葉は俳句には使いませんでした。美しさとかすばらしさの情感を別の表現、言葉で読者の心に訴えてきます。言葉のイメージ、想像力、語彙を総動員する必要があります。ここでは荒海と佐渡という言葉です。佐渡は古くから罪人・流人の流刑地であり、芭蕉はこう想ったに違いありません。大半が京都から送られてくる古の流人たちは都での理不尽な権力闘争や生臭い宗教上の争いに負けた、親鸞に代表される、まじめな宗教家や政治家、力ない知識人たちが大半であり、かれら悲劇の流人たちの長きにわたっての怨念や苦しみがこの浜に荒く打ち寄せてきているに違いない、美しく佐渡ヶ島を包み込む天の川よ、清らかに輝く星々よ、汝らは彼ら流人の苦しみをきれいに洗い流してくれるであろうか。いや必ず流してやって欲しいものだ。
 まあこのような内容の句ではないかと私なりに考えます。芭蕉はわたしの文学上だけでなく、旅の大先達であり、畏れ多いのですが、美学上の目標でもあります。彼は東北だけでなく全国を旅して天の川の美しさを知り尽くしていたでしょう。その美しい天の川をここ一番、この句に出してきたのです。彼にはこの天の川はきっと特別な対象であり、しかも最高に美しかったのでしょう。

 芭蕉の俳句は私にとって別格のものです。私は断片的には学生時代から芭蕉の歩いたところをたどっておりますが、いつか「奥の細道」全体を通して歩いてみたいと思っています。芭蕉は「旅に死す」ことを予感し、希望もしていたのでしょう。きっと旅には古来から想像もできない魅力、新しい体験、発見がたくさんあったことでしょう。


ファラオの墓の天井の大の字文(アメンヘテプ2世の墓室天井・ルクソール王家の谷・
THE ILLUSTRATED GUIDE TO
LUXOR・THE AMERICAN UNIVERSITY IN CAIRO PRESS)

 さてかつて日本美術の源流を探りたいとエジプトを歩いたことがありました。ルクソールのカルナック神殿に近い王家の谷のファラオたちの墓室を訪れたときに、大半の柩を納める墓の内部の部屋、これを玄室といいますが、その玄室の天井に大の字型の星が無数に描かれていることに驚きました。

 同じ「大」は京都の夏空を燃やす「大文字焼」で有名ですし、赤ちゃんの初宮参りの折りに、神主さんから額に大の字を書いてもらうことでも有名です。また平安時代の渥美で焼かれた骨壺の肩に「大」と入る作品があります。


平安時代の渥美の壺に彫られた大の字。

 これらは「護符・お守り」で、そのルーツは日本では安倍清明神社にあります。この神社のマークが五芒星なのです。アメリカ合衆国の国旗に描かれる星、あちらも五芒星で、安倍清明神社と同じです。


五芒星(左)と六芒星

 類似した星に「六芒星」があります。これはイスラエルの国旗に使用された「ユダヤ」のマークで、公の護符です。五芒星は個人的な護符として使われたようです。共にユダヤ民族に関係が深い星です。安倍清明はユダヤ人ないしはその末裔であった可能性があります。古代はシルクロードを経て、たくさんの外国人が渡来して大和政権に参画しているようです。

 先の写真のように、エジプトのファラオが星の下に眠りにつきたいと考えたのは、純粋に星の神秘性に守られたい、あるいは母なる宇宙への畏怖かもしれません。エジプトの太陽の船や月の船に乗り、母なる宇宙に旅立ちたいという願望があったのか、あるいはオリエントに古くから伝わる祈りの信仰の対象に「大」文字信仰があったのかもしれません。「竹取物語」のかぐや姫の物語もそう考えると面白いですね。人の運命、星空、宇宙との関連を思わずにはいられません。

 最終バスに乗り遅れたおかげで、美しい星空に巡り会え、思い出と文化としての「星」を考えるヒントを今に残してくれました。

●岩手県岩泉龍泉洞に行く交通経路について。
 モデルとして東京起点とします。
東京駅から秋田新幹線→盛岡駅→盛岡駅東口から早坂高原線バス「盛岡~岩泉龍泉洞前行」→龍泉洞前→龍泉洞
星空観察は天候によります。季節と安定した天気については個人の責任で調べてください。

●お勧めの味
 盛岡駅前や周辺には冷麺や焼肉の美味しい店があり、お勧めです。また市内には喫茶店も多く、それぞれ個性的で魅力ある店が多いです。わんこ蕎麦も有名です。時間があれば一ノ関から平泉の中尊寺や柳田国男の「遠野物語」の民話のふるさとを歩くのもお勧めです。一ノ関駅近くには平安時代のおもてなし「餅ぶるまい」のランチバージョンもありますから、ネットで調べてみてください。


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