文化講座
第64回 親鸞上人ゆかりの直江津・山寺薬師堂例大祭(毎年5月8日)に参加して

山寺薬師堂釈迦三尊像
今回訪れました「山寺」薬師堂は千数百年前に、紀躬高(きのみたか)により開かれた「山寺三千坊」として有名な大寺院でした。今は大地震や兵火に襲われて壊滅したその後の室町期の仏像が三体残ります。
私は昨年の夏に『「親鸞浄土」その10の謎を追う』という私家版の本を出版しました。私自身、この本において、以前から疑問に思い、かつてどの学者も論じなかった親鸞流罪の舞台裏を詳細に考察し、また後に恵信尼と子らがなぜ常陸で親鸞と別れたのかという過程、原因理由を考察しました。親鸞上人は西暦1206~1207年(建永元年~承元元年)に権力側からの法難(現代においては親鸞は無罪)に遭われて、越後直江津の流罪地に向かわれました。

親鸞上人生誕地、紅葉の日野法界寺
実はその越後を京の公家の代理として管理運営していたのは地元の武士、三善爲則でした。彼は京の貴族である日野藤原氏の血を引く親鸞が越後に配流されることを知り、一族に有利に取り込もうと画策しました。
藤原氏は皆さんもご存知のように、藤原鎌足の子、藤原不比等を祖として、歴代の天皇家と姻戚関係を結び、その血筋を引く名門中の名門とされます。

山寺薬師堂例大祭より・奉納舞楽
武士は歴史的に貴族に命懸けで隷属してきたといってよいほど仕えてきましたから、主人からの報酬、報禄、収入に極めて敏感で、実利的な武士の常として、三善爲則が流罪で流されてくる日野藤原氏の一族である親鸞を、ある意味自分の一族のために有利に利用したいと考えたのは当然と考えられます。当時の三好爲則という武士にとって一番大切なことは以下の三点に集約されると思われます。
①自分の娘と結婚させることにより、藤原氏の高貴な「血」を一族に入れることができる。(在原業平の「伊勢物語」などに見られる貴種流離譚など)
②昔から越前、越中、越後地方には、プレートテクトニクス理論による大規模地震が頻繁に起き、またそれに伴う「地滑り」が多発したため、多くの地元農民の犠牲者が出たことからその慰霊をする「山寺薬師堂」信仰が盛んであったこと、そこには遠く各地から慰霊に来る巡礼者を受け入れる宿坊もたくさんあり、宿泊、祈祷、お札(ふだ)、飲食に関係する収入は三善氏にとってはきわめて大きな現金収入であった。そうした巡礼者をより多く取り込むためには親鸞の宗教的知識と人格が必要であり、それを利用したいと彼らは考えた。
③親鸞は頭脳明晰であり、かれの説法と知識は深く、本場である京の比叡山で修行、鍛えられて、後には学識当代一といわれた法然の弟子として活躍した。彼の知識は極めて深く、豊富で、それは三善爲則に大きな期待を抱かせた。親鸞が、山寺薬師堂を足掛かりに、将来一教団、宗派の宗祖となり、「教団」を繁栄させ、大いに活躍してくれれば、莫大な利益を三善にもたらすであろうことを夢見た可能性は高いといえる。
そのために、三善爲則は娘ちくせん(後の恵信尼)を親鸞に与え、流刑中の寒さから身の安全、すなはち衣食住を保証したのであろう。

親鸞が流罪で流された、越後国分寺境内の石仏
今現在、長い年月の経過から往時の繁栄の面影を語るのは、唯一本堂のみである。142cm平均の仏像として、平安、鎌倉時代に繁栄の基礎を築き、それを通して室町時代に制作された釈迦、薬師、阿弥陀の三体の各如来座像が伝来していることは、深い山中を考えれば稀有なことといわねばならない。

「山寺薬師堂」の趣ある参道の古い石段
東山寺町の「山寺薬師堂」保存会の笹川勝美会長に伺うと、こちらの参道の石段も鎌倉時代の面影を残し、古くすばらしく、本堂裏山には三猿(見ザル、言わザル、聞かザル)の石像や、夏は冷気が、冬は暖気が出る風洞や清らかな清水が常に涌き出る水場があるなど、観どころがたくさんあるという。

饗応を受ける参詣人たち
私は保存会の皆さんから歓迎を受け、いろいろないただき物や飲食の振る舞いをしていただいたが、特に「うど汁」は素朴で美味しかった。こうした味は、いわば親鸞の時代から引き継がれた、いまでは都会ではめったにいただけない、素朴な庶民の味といえるのではないだろうか。

美味しい、地元のうど汁
祈祷、奉納舞楽がつづき、たくさんの参拝者がお祈りをした。

名物「みょうが団子」と「山菜おこわ」の販売所
この「山寺薬師堂」の近くには、全国的にも極めて珍しい「地すべり資料館」があります。こちらの館長先生に、この越前、越中、越後地域全体の地質構造の特徴と地震災害多発原因の「プレートテクトニクス理論」についてお話を伺い、その巨大地震の被害を伺った。

全国でも珍しい「地すべり資料館の近くの積雪」
全国でも珍しい「山寺薬師堂例大祭」、ことしも挙行される予定ですから、是非お参りしてみてはいかがでしょうか?
平安から鎌倉時代の農民たちの生活に「直に」触れるような、参詣人の皆様との心温まる体験ができることと思います。それと同時に「地すべり資料館」については大地震と地滑りという、農民たちに恐怖を与えた自然災害の歴史と実態を知る数少ない体験をされることでしょう。

「山寺薬師堂」の三尊仏
所在地: 直江津・板倉地区「山寺薬師堂」
すぐ近くに「地すべり資料館」があります。
※こちらをクリックされますと、同じ著者による「掌の骨董」にアクセスできます。併せてお楽しみください。

