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旅・つれづれなるままに

細矢 隆男

第60回 奈良・新薬師寺 国宝・塑像十二神将像(天平時代)を訪ねて


国宝・十二神将「伐折羅(バザラ)大将」と薬師如来坐像

 私が奈良の新薬師寺を初めて訪れたのは、大学を卒業する前の秋でした。中学の修学旅行で見学できなかったお寺を巡った時でした。厳かで、森閑とした歴史ある藤原氏ゆかりの春日大社から、奈良時代を彷彿とさせる、ひなびた春日古道を歩き感動した記憶があります。更に志賀直哉邸から新薬師寺へ向かい、そして更に奥の白毫寺に足を運びました。新薬師寺への細い路に、京都にはない、更に古い、ひなびた雰囲気を感じ、歴史の重みを肌で感じました。東門からは入れないため、南門に回りました。更にかつては食堂(じきどう)とされた、現本堂の空間と国宝塑像十二神将像を観たとき、そのお顔の、長い時をにじませた、世の中にこんな素晴らしい古美術品があるのかと驚きました。高校生の時に、ある民間の刀の鑑定会で見せてもらった鎌倉時代の備前の太刀、光に透かした畠田守家の重要文化財の太刀の刃の中の働き、すなはち「蛙子丁子乱れ」と全面の映り、金線、砂流しが盛んにかかる姿を観た瞬間に、「うわ~っ、この世にはこのように美しい刀があるのか」と、驚くとともに感動しましたが、あの十二神将像を拝観したときの感動もその感覚に近いものでした。カメラのファインダーを通して観る十二神将の拡大されたお顔の圧倒的な素晴らしさは、それを上回る美しさでした。普段はなかなか観ることのかなわぬ、リアリティーのある映像でした。


萩の花が咲き始めた本堂(旧創建時の食堂)

 確か新薬師寺は、第2駐車場もあり普通車はたくさん停まれますが、観光用の大型バスが入りにくいため、観光客がやや少なく、おかげで我々にはありがたく、静かに素晴らしい国宝・十二神将像をゆっくり、じっくりと拝見できるのです。保護ガラスの中ではなく、本当に間近に拝観できて、これが本当の「古美術」の世界だと、ありがたく思いました。

 今回はこの連載に掲載し、素晴らしい国宝塑像と病を予防し癒す薬師如来様を皆様にお参りいただきたいために、特別に撮影許可をご住職の中田定観先生よりいただきました。庭や建物の撮影は別に昼に撮りまして、神将像撮影には、大型3脚を使いますから、十二神将像と薬師如来坐像を拝観される一般の方々のお邪魔をしないように、皆さんが帰られた夜に撮影させていただきました。しかし大型三脚はアングル的に使いにくく、大半手持ちで撮影いたしました。

 天井からのライトに浮かび上がる天平時代の塑像「十二神将像」と木造「薬師如来坐像」にじっくり向かい合うと、その時代の息吹といいますか、経てきた時間の長さが色褪せた色彩や地肌の劣化にはっきり認められ、日本ならではの「古美術の美の世界」に吸い込まれ、十分に満喫できました。


素晴らしい塑像群の一体「毘羯羅(ビギャラ)大将」

 この新薬師寺は名前に「新」とつきますから、新しいと思われる方もおられますが、西の京の「薬師寺」と比較すると、やや新しいというくらいで、創建は天平19年(747年)で、聖武天皇の病気平癒を薬師如来に祈念して建てられましたが、平安時代に台風による倒壊、落雷による火災で衰退したようです。唯一残った食堂(じきどう)を本堂代わりに、残った薬師如来の脇侍の十二神将を祀り、すでに創建から1278年の年を経ています。現在のお堂も創建当時の天平建築様式で、屋根の組み木にも年輪の古さと空間の広がり、時代の特徴でもある、のびのびとした優美さを感じます。その創建当時の新薬師寺は堂々とした、大規模な伽藍で、現在の奈良教育大学に至る規模の、東西の五重塔を擁した巨大寺院でした。


鐘楼

 天平美術の素晴らしさを今さら申し述べるより、この現地での稀有な空間とそこに1278年立ち続ける、塑像に驚きます。塑像とは骨に該当する木組みに荒縄を巻き付け、そこに粘土を押し付けながら造形する、繊細な天平美術を代表する国宝彫刻作品です。創建当時の色彩は、日本人には馴染みにくい派手なものでしたが、隣接の建物で、デジタル復元作業を記録したDVDを公開してますから、ぜひそれをご覧ください。創建から現在までの「新薬師寺」がたどった歴史と十二神将像の制作から現在までが詳細に再現されます。当時の色彩のすごさには眼を見張ります。いかに歴代ご住職や堂守の皆様がこの十二神将像を、我が子のように大切に守ってこられたかが理解できます。


堂々とした東門

 そのDVDを観てからまた再度、実物の十二神将像を拝見しますと、新たな時の経過を経た美の世界の虜になることでしょう。
やはり天平彫刻は、今も昔も最高です。

 光明皇后が、病弱な夫、聖武天皇の病気平癒を願い、建立しましたが、後に落雷による火災と、いまでいう大型台風で倒壊したといいます。唯一残った天平時代の食堂(じきどう)で保存され現在に至るとされます。薬師如来は薬師(くすし)、すなはち病気を治癒させる力を持つ仏で、大切にされました。

 当時の寺域は広大で、東大寺と同等の規模を誇った伽藍もあったとされます。


古石仏群

 この機会に是非、新薬師寺を観ていただき、天平時代の最高の十二神将像を、じっくり、ゆっくりお楽しみください。


代表作、伐折羅大将像

※こちらをクリックされますと、同じ著者による「掌の骨董」にアクセスできます。併せてお楽しみください。


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