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万葉植物から伝統文化を学ぶ

万葉いけばな研究家
庄司 信洲

棗の理美

 秋の季、草木の実の色づきはまだ早く、その中になつめの実を観することが出来ます。
 棗は新芽が春には出ず、夏に入ってから芽を出すことから「夏芽なつめ」と呼称されたのです。そして、その葉脇から淡黄色の小花を咲かせ、次いで果実を付け、青く熟したものを取って食すと林檎のような味がし、紅色に熟したものは味も濃厚となります。
 古代中国で棗は、薬の果実として重され、東の海にむ「東王公とうおうこう」なる神仙は、棗子ソウシ(棗の果実)を食して長寿の齢を得たとされ、これに対し、西の山郷に棲む「西王母せいおうぼう」は蟠桃はんとう(桃の果実)を食して三千年の長寿を全うしたと伝えられております。
 棗の薬効としては、果実を乾燥させたものを煎服すると「精神安定、解熱、健胃、不眠症、鎮咳」などの万病を治す効があるとされております。
 そんな棗を『万葉集』では、
梨棗(なしなつめ) 黍(きみ)に粟次(あはつ)ぎ 延(は)か葛(くずの)後にも逢はむと 葵(あかひ)花咲く (作者未詳)

図版[I]


図版[II]
(梨に棗が続いて実り、黍に粟が続いて実るように、続いて君に逢い、延う葛のように後に逢おうと、葵の花が咲くよ)と歌われております。
 この歌では、それぞれの植物の字に寓意が隠されており「ソウソウきみきみあはあうあふひあう」に音通させ、さらに「葛の蔓」の延い伸びる特性から、久しく恋しい人との出逢いが無かったことを意し、そのもどかしさに対する心を、6種の植物を出合せて恋の実りが違わなく成就することを切望して詠じているのです。
 そして、この棗の「ソウ」の寓意は、中国の熟語に「棗脩之妻そうしゅうのつま」とあり「一家の妻は、救荒の時に備えとして薬効の高い棗の実をおさめること」と解します。即ち、早起きの妻の居る家には必ず乾棗が脩められており、その一家には憂いがないとされ、その妻は慎み深い人として崇められておりました。そのことから棗の異名として「百益紅ひゃくえきこう」とあり、紅く熟した棗は数多の益効をもたらす果実として重されていたのです。
 そんな棗の花が咲き終り、果実が熟し始めた枝を手折ったものの図版[I]と、掛篭かけかごけ表した図版[II]を参照して下さい。
 どうかこの秋の季には、薬効の高き棗を観し、また縁あらば食して益効を得てみて下さい。
万葉植物から伝統文化を学ぶ
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