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万葉植物から伝統文化を学ぶ

万葉いけばな研究家
庄司 信洲

夏藤

 夏の季、緑々と繁りし雑木林を歩いて行くと、け咲きし白き花との出逢いがあり、よく観してみるとなつふぢであり、時折り出合う人は、遅咲きの白花藤と声を高らかにして微笑を浮かべておられるのです。
 この夏藤は、マメ科の蔓性の落葉低木であり、通常の藤は、同じ科でらくようかんぼくであり、晩春から初夏頃に紫色とまれに白花の咲いている藤の花を観することがあります。
 そして、『万葉集』では、夏藤を「ときじきふぢ」と称して一首のみが歌われ、この「非時」は、季節はずれに咲く花を意すことから、夏藤を別名として「ようふぢ」と称されております。
 その一首は「大伴おほともの宿祢すくね家持やかもちの、非時藤の花と黄葉もみちぶつぢて、坂上さかのうへの大嬢おほをとめに贈る歌二首」と前書され、 吾【わ】が屋【や】戸【ど】の時【とき】じき藤のめづらしく今【いま】も見【み】てしか妹【いも】が笑【ゑ】まひを
(わが家に、季節はずれに咲いた美しき藤の花のように、愛すべきものとして、あなたのがおをいつも見ていたいものです)と歌われ、そして、さらにもう一首の合せてのの歌は、
吾【わ】が屋【や】戸【ど】の芽【は】子【ぎ】の下【した】葉【ば】は秋【あき】風【かぜ】もいまだ吹かねばかくそも美【み】照【てる】
(わが家庭のはぎの下葉は、秋風もまだ吹かないのに、美しく色づいて照り咲きにほっている)と、歌われております。


図版[I]
 この二首の合せ歌は「天平十二年の夏の六月に、大伴家持が坂上大嬢に贈りし「秋のさうもん(恋の歌)」でありますが、「夏六月」は夏藤を意し、「秋の相聞」とあるのは土用あたりに色づきはじめた萩を意すものと思われます。そしてさらに、この二首の花の歌を贈りしことは、家持が二十三歳の時、坂上大嬢への恋心の高なりを感じ得ることができます。
 その二首のうちの夏藤の花を、竹のつりぶねはないれに可憐に懸け咲き薫ふ夏藤をけあげたいけばなを、図版[I]にて、観してみて下さい。

図版[II]
 そして、さらに江戸時代の『ほんそう』では「ようふじ」と記され、花とさやが描かれております。絵図を図版[II]で参照してみて下さい。
 どうか、この夏の早季に身近に林や雑木林などのみちや、その近くの家の庭などにて懸け咲き薫ふ夏藤と出合った折りには、"美しく咲き薫っておりますね"と、恋心をもって声かけしてみて下さい。

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