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万葉植物から伝統文化を学ぶ

万葉いけばな研究家
庄司 信洲

太藺の理美

 この季、涼を求めて沼澤しょうたくに出掛けて見ると、芦や蒲に混じって、太藺ふとい のたくましく生える姿を観し、涼に合わせて元気を得ることが出来ます。
 太藺は、畳表などの原料としてよく知られている藺草いぐさ (ゐ科)とは異なり、かやつりぐさ科のもので、円い茎で細長く高いものは2メートル位に生長し、その茎の頂きに白褐色の可愛らしい花穂を け咲かせます。
 そんな太藺の池沼から立ち伸びる姿を、図版[I]から観して見て下さい。

図版[I]
 その丈高い太藺の群生する壮大な姿を観した万葉人は、「おおゐぐさ」と呼称し、平安時代の『和名抄わみょうしょう』に「くわん於保為おほい、」また『新撰字鏡しんせんじきょう』に「莞、大井おほい」と記されており、この「莞」は、「ゐ、ふとい、まる蒲」と「笑」を指し、その花穂の姿などから「微笑」の意味を有しているともされております。
 往昔の人々は、そんな太藺の生えている姿を、遠目からと近目から観して、恋心の遠近を比喩させており、その歌として、柿本人麻呂の歌集に、
我<あ>が背子<せこ>が捧<ささ>げて持<も>てる保宝我之婆あたかも似<に>るか青き蓋<きぬがさ>

図版[II]

図版[III]
(上野の伊奈良の沼の 大藺草おほゐぐさ のように、遠くから見た時よりも、今こそ恋しさが増したことよ)と歌われており、この「上野」は今の群馬県を指し、「よそに見しよは」は、「関係のないことを遠くから眺める」という意味で、ここでは、沼澤に群生している太藺のように、遠くから見ていたあなたは、それほどではなく思って見ていましたけれど、近くから見て知り合いが深くなるにつけ、立派な方でもあり、今はまさに恋の苦しさが増すばかりだと、つのり高まる恋心を太藺に比喩、擬人化させて、訴え詠じられております。
 そんなおほいなる太藺に、先勝の言祝ぎをもつ 燕子花かきつばた日陰蔓ひかげのかづらを、南蛮なんばん皿に出合せて け表した作品を図版[II]で参照して見て下さい。
 そして、江戸時代のいけばなの古書『千筋ちすじふもと 』(明和5年、1768)には、 江蒲草つくもぐさ (フト井)と記され、 川骨こうほね を出合せて、河太郎かわたろう の銘をもつ竹花入に、伸びやかに挿け表した作品図を、図版[III]を参照して見て下さい。
 どうぞ、この暑き夏の季には、すらっと立ち生える太藺の微笑む姿を観しては、心のなかに清らかな微風を抱かせながら、遠目と近目からの理美を感じて見ては如何でしょうか。
万葉植物から伝統文化を学ぶ
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