新年を迎へて、家から近くの田たん畑ぼに出掛けてみると、稲穂の緑々とした中に麦の穂畑の姿を観することもあります。その麦畑は新鮮な感覚を感じさせてくれます。
　そして、その麦にての麦飯めしは、米こめ粒つぶが大きく強く噛かむことで甘味を感じさせてくれます。
　そして、さらに『万葉集』では二首詠よまれており、その一首として、「古こ今こん相そう聞もん往おう来らいの歌の類の下」・「物に寄せて思おもひを陳のぶる歌」と題しての、「相聞（恋の歌）」の一首として、

（馬が逃げ出さないように囲った柵であり、その柵さく越ごしに麦を食べてののしられる馬のように、どんなに叱しかられても、やはり恋しく思いだされても仕方がない）と詠うたわれ、さらに「罵のらゆれど」は「ののしり叱られても」の意こころとして詠われてます。
　この麦は稲科のうちの一種であり、麦の種類は「小麦、大麦、ライ麦、燕えん麦ばく」などで、イネ科の穀類を総称する名称であり、万葉の時代の麦は、小麦が主しゅとされております。
　そして、次の一首は、麦に「武む芸ぎ」の字が当てられており、作者未詳の「相聞歌」として、

（柵たな越ごしに麦を食う小馬のように、ほんの少しだけ逢あったあの娘がやたらにいとしい）と詠われ、そしてこの歌の末まつびに、或ある本ほんの歌に曰いはく、「馬うま柵せ越ごし　麦食む駒こまの　はつはつに　新にひ肌はだ触ふれし　児ころしかなしも」と（馬柵越しに麦を食う駒のように、ちょっとだけ新肌を触れた　あの娘の可愛らしいことよ）と記称されております。
　その愛されし麦は平安時代の『和わ名みょう抄しょう』には「麦、和名牟む岐ぎ、小麦之の惣そう名めい也、五ご穀ごく之の長ちょう也なり」さらに「大麦一名青麦　和名布ふ土ど無む岐ぎ」と記されております。

　そしてさらに、日本の最初の植物図鑑の『本草図譜』にも、それを踏ふまえての記述があり、その芒のぎ穂ほの黒いものを「くろみ」とし、小麦を「しょうばく」、大麦を「たいばく」と呼称する稲と記されております。その麦の絵図では「芒のぎなき物、芒ある物、くろばう」と称されております。『図版I』にて参照してみて下さい。
　そして、その麦は往昔にて、麦の上を吹きわたるときには「麦ばく風ふう（初夏の風）」、その風にて穂の撓たわむ姿を「麦ばく頭とう」と称し、さらに「麦ばく租そ（麦ねんぐの小作料）」、「麦ばく粒りふ（麦の穂のつぶ）」「麦ばく気き（麦ののびる頃や麦の上を渡る風の香）」「麦ばく花くわ（麦の花）」そして麦のつぶは「麦ばく粒りふ」と称され、その麦粒にての「麦ばく飯はん（麦むぎ米めし）」はときとして歯ごたえがあり、米食の高き思いが浮んできます。
　そんな麦の穂を、手籠にたわわに立てて、桃の花を添えて生け表わしたいけ花を『図版II』で参照して見て下さい。
　麦と出合いましたら、硬かたい粒つぶを食して、麦の食の理美を味って見てはと思います。