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万葉植物から伝統文化を学ぶ

万葉いけばな研究家
庄司 信洲

山菅の根の理美

 晩夏から初秋の季、山野や庭の木陰に吹く風に細い葉を四方に揺らしながら、淡紫色の小花を糸状に咲かせる山菅やますげを観することができます。
 山菅は、現代名の「藪蘭やぶらん」のことで、葉が春蘭に似ており、又、万葉名の山菅は「すげ」の葉に似ていることから銘せられました。そして、漢名を「麦門冬ばくもんとう 」と称し、漢方では、根と根の肥厚した部分を煎じて飲むと「肺熱、解熱、催乳」の効果があり往昔より親しみ愛されております。
 その根の効は『万葉集』でも取りあげられ、最初の歌では、

図版[I]

図版[II]
あしひきの山菅の根のねもころに止まず念はば妹に逢はむかも(作者未詳)
 (あしひきの山菅の根のように、ねんごろにずっと思ったら、あのに逢えるだろうか)と、心から絶えず恋しいひめのことを思い続けていたら、逢瀬が叶えられると、山菅のからまりながらたわわに伸びた「」と「ねん(かねてよりの慕い)」に音通させて、思いが叶うことへの切望感を山菅の根に託して詠じているのです。
 そして、次の柿本人磨かきのもとひとまろの歌集の中に
山菅の乱れ恋ひのみ為しめつつ逢はぬ妹かも年は経につつ
(山菅の根が乱れるように、恋心は乱れ続けるばかりだ)と永い間逢ってくれないへの恋のもどかしきその心の乱れを、複雑に乱れもつれる山菅の根の生態に比喩させて、恋に募る心を切々と詠じております。
 その山菅の花と大きく撓む葉を、瓢箪ひょうたん を花入として見立て挿花した作品[I]に合わせて、乱れ生える山菅の根の絵を図版[II]で参照してください。
 次の歌では、その山菅のさらなる根の効を 大伴家持おほとものやかもちは、
咲く花はうつろふ時ありあしひきの夜麻須我の根し長くはありけり
(花はうつろい変わる時がある。あしひきの山菅の根こそ長く変わらないことだ)と歌い、この歌の後文に「物色ぶっしょく変化うつろふことを悲しびあはれびて作る」とあり、花の移ろいを人の心の移ろいに喩え、その心は山菅の根のように永遠に変らないで欲しいと願って詠ぜられております。
 どうぞこの季、山菅のかわいらしい花を観することに合わせて、その地中の根の たくましき姿のことも意して観し、その根の生命感の理美を様々なことに生かして見てください。そして、さらに花の落下の後の黒紫色に光る実からは、生命の輝きを得てください。
万葉植物から伝統文化を学ぶ
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