愛知県共済

インターネット公開文化講座

文化講座

インターネット公開文化講座

万葉植物から伝統文化を学ぶ

万葉いけばな研究家
庄司 信洲

小水葱の理美

 夏から秋へと向かう季、水田や池や沼などには、みずに浮かぶように青紫色の可愛らしいの花を観することができます。
 小水葱は、みずあおいの葉と花の色が似ており、水葵よりは僅かに小振りであることから、その生えている姿を見逃してしまうことがあります。
 そして、その葉姿が熊笹のようであることから別名を「ささささ」と名付けられ、さらに「みずことなしぐさ」とも名付けられており、万葉名は『子水葱こなぎ古奈宜こなぎ水葱なぎ』と称されております。その「菜」の字が当てられているのは野菜として往昔より愛されておりました。
 その菜の情景を『万葉集』で「大伴宿禰駿河麻呂おほとものすくねするがまろが、同じ大伴の坂上家さかうへのいへ二嬢おとをとめつまどふ歌一首」
春【はる】霞【かすみ】春日【かすが】の里の植【う】ゑ子【こ】水【な】葱【ぎ】苗【なへ】なりと言ひし柄【え】はさしにけむ
(春霞だった春の日の里に植えた小水葱は、まだ苗だといっていたが、もう茎も高く伸びたでしょうか)と、春の温もりが高くなるのにつれて初々しく生長している小水葱の姿を観して、二人の嬢たちも大人となり、求婚する年頃であることに比喩させて詠ぜられております。
 そして、その小水葱の夏の終へる頃の生長した姿を観し、
上野【かみつけの】伊【い】香【か】保【ほ】の沼【ぬま】に植ゑ古【こ】奈【な】宜【ぎ】かく恋ひむとや種【たね】求めけむ(作者未詳)
(上野の伊香保の沼に植えた小水葱のような女のよ、こんなに恋に苦しきものとして種を求めたのであろうか)と、恋しき相手の女性の姿を、小水葱の清らに咲薫におう花の姿などから、心が動かされていることに比喩させて切々と詠じているのです。そして、万葉人たちは植物の花や葉を衣に摺り染めにすることで、身にすっかり馴染み、願い事が叶うとされております。


図版[I]

図版[II]
 さらに次の歌では、
苗【なは】代【しろ】の古奈宜が花を衣【きぬ】に摺【す】り奈流留【なるる】まにまにあぜかかなしけ(作者未詳)
(苗代に咲く小水葱の花を衣に摺り染めにして、衣がなじむにつれて、馴れつつあるは、どうしてこんなにいとしいのか)と、親しみを得られた娘に対して、その愛しさが増していくことと、小水葱の清々しき姿に比喩させて詠ぜられ、この歌には『』即ち、物にたとえて詠まれた歌として所集されております。
 その可愛らしき小水葱の図を江戸時代の『本草図譜』の図を、図版[I]で参照して見て下さい。
 そして、江戸時代後期頃の美濃焼による型紙染付の小鉢に、小水葱を挿けた作品を、図版[II]で観してみて下さい。
 どうぞ、この季には、お近くの水田や池などに出掛けては、瑞々しく愛くるしき小水葱の花を観しては、清らかな心を得て過ごして見て下さい。

万葉植物から伝統文化を学ぶ
このページの一番上へ