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万葉植物から伝統文化を学ぶ

万葉いけばな研究家
庄司 信洲

橘・橙の美学

 冬の寒さが滞う季、新年を迎えるための果実として黄橙色に熟した密柑や橙を観することができます。
『万葉集』では、密柑を「たちばな」、橙を「阿倍橘あへたちばな」として歌われており、橘では、冬の果実に合わせて五月に開花する白花が多く詠まれております。
 その中で、大伴家持の長歌の中に「神の御代みよより よろしなへ この橘を 等伎自久能 ときじくの 可久能木実かくのこのみと名付けらしも」と詠まれており、解り易い字としては「非時香菓ときじくのかくのこのみ」即ち、橘は冬に入って霜や雪に葉が枯れることなく常盤ときわの色を保ち、そして果実を照り輝かせながら香り、人に様々な効をもたらす木であることから銘して詠まれたのです。

図版[I]


図版[II]
 そんな橘は、果物の王さまとして賞愛されていたことは、日本の最も高貴な建物である京都御所の紫宸殿ししんでんの南庭に植えられている「右近の橘・左近の桜(旧は梅)」からも窺う知ることができます。
 その橘に綿をせて雪に見立てた作品を図版[I]で参照してください。
 その橘を称して太上天皇おほすめらみことは、
橘は実さへ花さへその葉さへ枝に霜降れどいや常葉の木
 (橘は実も花までも輝き、その葉に霜をうけても、ますます常緑で栄える木であることよ)と、橘の黄橙の実、白の花、緑々とした葉の美しさを重し、 葛城王かつらぎのおほきみが橘の高名な姓を拝命したことを言祝ぎ、その祝宴が設けられた折に、天皇が祝して高らかに詠じたものです。
 そんな橘より大振りな阿倍橘の歌に
我妹子が逢はず久しもうましもの阿倍橘の苔生すまでに(作者未詳)
 (わが妻に久しく逢わないことよ、味のよい橙に苔が生えるまでも)と歌われ、ここでの「うましもの」は、橙の「美味しいもの」に合せて「素晴しいもの」を指し、その橙のように素晴しい妻に、長い間っていないことから、ひょっとしたらその橙(妻)に苔が生えているのではないかと、恋しい妻への不安感を案じて詠じられております。
 この橙は、後世「橙(ダイダイ)」に「代々(ダイダイ)」を音通させて、先祖代々などの言祝を意するものとして、正月の注連しめ飾りとして欠くことの出来ない果実として重し賞愛されております。
 その阿倍橘に日陰蔓ひかげのかずら けて けた作品を図版[II]で参照して下さい。
 どうぞ、この冬の季には密柑畑や庭の橘や阿倍橘を観し、さらに、正月飾りの柑橘類をでて言祝あふれる日を過ごして下さい。

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