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万葉植物から伝統文化を学ぶ

万葉いけばな研究家
庄司 信洲

蘞の木の理美

 初夏から梅雨を迎える季、山里では真白な可愛い花を垂れ咲かせるえごの木を観することが出来ます。
 『万葉集』では、「萵苣ぢさ知左ちさ治左ぢさ」と呼称されており、本来「ちさ」は、キク科の蔬菜を指すものとされておりますが、集中の歌では蘞の木を指します。
 とりわけ梅雨のころには、たわわに咲く花に雨が降り注ぐと、たわむ花房の風情もひと際美しさが漂い、その姿から様々な美しさに合せて人情感が沸き上がってきます。
 そんな姿の花を『万葉集』では、「古今相聞そうもん往来おほらい歌類の上」(恋の贈答花)、さらに「物に寄せて思ひをぶる歌」の中の一首に、
山<やま>萵苣の白露<しらつゆ>重<おも>みうらぶれて 心に深く吾<あ>が恋止<や>まず (作者未詳)
(蘞の木の花が白露の重みで撓わむように、心も深くうちしおれて恋は止むことがないことだ)と、蘞の花の懸け垂れる姿のように、私の恋への思いの深さがまさに同じであると切々と歌いげられております。


図版[I]

図版[II]
 そんな可愛く懸け垂れ咲く蘞の木の花を、手付民芸かごに姫百合と甘野老あまどころ似児草にこぐさ)を出合せてけた作品を[I]で参照して見て下さい。
 そして、次の「花に寄せき」と題した歌では、
気<いき>の緒<を>に思<おも>へる吾<あ>を山治左の 花にか君がうつろひぬらむ (作者未詳)
(命をかけて愛している私なのに、蘞の花のようにあなたは心が移ってしまったのであろうか)と、「気=息の緒」命がけで愛しているのに、梅雨の季を迎え、はらはらと白い花弁を止めどもなく散らすが如くの花の姿を、恋人の心が離れていき、正に愛情が衰えてゆくことだと、この歌でも切々と詠じられております。
 そんな蘞の木は、晩夏から初秋の頃に卵形の小さな果実を結び、成熟すると果皮が裂けて黒褐色で堅い種子が出、その果皮をつぶして川に流すと魚が麻痺まひして浮き上るのです。そのことから漁のため、山里の川端には必ず一本植えられているのを観することが出来ます。そして、古くから薬用としても供されたとされております。
 即ち、蘞は「えぐい=えごい」ことから銘せられとされ、別名としても「あかんちゃ、いっさいえご、かきのきだまし、くそざくら」などの名を拾い出すことができます。
 その果実と花の図、そして「ちしやのき、えごのき、ろくろき」の名が記された、江戸時代の『本草図譜』の図版を[II]で参照して見て下さい。
 この初夏から梅雨の季には、是非とも蘞の木に出合って白く懸け垂れ咲く花姿に、また散る姿に合せて、大地の真白で可愛い花絨毯じゅうたんを観しますと、感動の高なりが漂いあふれてきます。

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