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万葉植物から伝統文化を学ぶ

万葉いけばな研究家
庄司 信洲

合歓(ねむ)の理美



図版[1]




図版[2]

 夏の季、山地や野や海・川岸などに、小葉の繁る枝先に淡紅色の花を咲かせる合歓ねむのきを見かけることがあります。
 「合歓」は漢名で、葉が相あつまってよろこびの心を合せるという意で、夜間になると微小葉が閉じて睡眠状態になることによるもので、中国では他に「夜合木やごうぼく」とも呼ばれております。
 そして、その性質の特性から「合歓ごうかん」即ち、夫婦や男女の歓び合いや睦み合いを意することに喩えられて詠まれ、『万葉集』で紀女郎きのいらつめ大伴家持おおとものやかもちに贈る歌として
昼は咲き夜は恋ひ寝(ぬ)る合歓木(ねぶ)の花 君のみ見めや戯奴(わけ)さへに見よ
(昼間は開き夜は恋いつつ寝るという合歓ねむの花です。主人あるじだけ見てよいのでしょうか、あなたも見なさい)と、昼の間は葉が開き夜に閉じることから、恋のおもいが夜になると切なくなり、ひとり寝の淋しさを家持に訴えてのもので、ここでの「君」は、本来的には男性に対する尊称であるのを、自らを主君に見立ててれて詠じているのです。
 そして、この紀女郎の歌に対して家持は、 吾妹子(わぎもこ)が形見(かたみ)の合歓木は花のみに 咲きてけだしく実にならじかも
(あなたの形見の合歓は花ばかり咲いて、おそらく実を結ばないのではないでしょうか)と、合歓の花は、夕方の葉が眠るころに淡紅色で絹糸状の優美な房花を開かせ、お互いの恋心の深さは、その合歓の赤い絹糸花に似ているのですが、この恋の赤い花は実ることがなく、葉が眠るが如くであり、恋の不成立を合歓の花姿と葉姿に喩えて詠じられております。
 そんな合歓の葉が眠りに入り、花が咲き匂う夕方ごろ手折り、細首青ガラス瓶にけ表した花(図版[2])と、自然に咲き匂う姿は(図版[1])を参照して下さい。
 
 どうかこの夏の季、淡い紅に彩る合歓の花と眠る葉の妙美を観した折りには、「お早う、おやすみなさい」と声をかけてみて下さい。きっと夫婦の仲のみならず異性の友との心の交りえの生命感美を、合歓が与えてくれることと思います。
万葉植物から伝統文化を学ぶ
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