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万葉植物から伝統文化を学ぶ

万葉いけばな研究家
庄司 信洲

杜松ねずの理美

 令和の新しき年を迎へ、今年は十二支の一番目の子の年であります。
 万葉集の奈良時代から、正月の最初の子の日を尊し言祝ぎて神社で拝しております。その『万葉集』においても「はつ」の歌として、「はつはるの初子のたまぼほき手に取るからにらくたまの音」と歌われており、この歌は天平宝字2年の正月3日に、朝廷で行われ恒例の「初子の儀」に大伴家持が詠じたものです。
 こうした新年の儀を含め初詣でなどで神のもりに入り鳥居をくぐりしときには、榊や杜松や樟木くすのきなどの緑々たる御神木にも柏手を打ちます。その内の杜松の木は万葉名では室木むろのきと称され、その室木は、海の岸辺やその辺りの神社のもりなどで多く観することがあります。
 『万葉集』においても室木は七首詠まれており、そのうちの6首のすべてが海の岸辺の「浦、磯、島」に生える木として歌われており、そのうちの磯辺の歌として「柿本人麿の歌集」に
磯の上に立てる廻【む】香【ろ】の樹【き】ねもころに何【なに】しか深め思ひそめけむ
(磯の上に佇む香樹ろのきの、ねんごろに何でこんなに深く心をこめて思い始めたのだろう)と、この歌は「古今もん往来歌集(恋心の歌)」として詠われております。
 次の歌として「天平2年のおほとものたびの京に向かひし時の歌」として、
吾妹【わぎも】子【こ】が見し鞆【とも】の浦の天【む】木【ろ】香【の】樹【き】は常【とこ】世【よ】に有れど見し人そなき
(わがいとしき妻が往路に見た鞆の浦のむろの木は、長命を保っているのに、それを見た妻は今はいないのに)と、伴に観したむろの木の緑々と佇む姿に感銘をうけて詠じられております。
 このむろの木につかわれている文字は、「むろむろ」そして別名としては「むろまつねずさしねずみまつひめすぎ」に、さらに「しゃじも、たじま、ねずすぎ、ばらも、ひもろ」と称されてもおります。


図版[I]
図版[II]
 そして、江戸時代の『本草図譜』には「しょう、ねすさし、もろのき」とあり、その図には「はいねず、いそなれすぎ」と銘され、海岸に生えるは強き潮風にあおられてたわなびく自然の姿美が描き出されており、「図版I」を参照して見て下さい。
 さらに、その海辺に佇む室の木の姿を、磯に打ち上げられた大きなかいがらを花器に見立て、松の小枝に浜撫子を出合せてけ表わした作品を参照して見て下さい。
 このように室の木の小振りながらも清々しき姿に出合い観しますと、その清らかなる生命感が身に漂うことを感じ得ます。
 どうぞ、常緑なる樹を観しては、清らかでなごやかなる令和の一年をお過ごして見て下さい。

万葉植物から伝統文化を学ぶ
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