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万葉植物から伝統文化を学ぶ

万葉いけばな研究家
庄司 信洲

思草の理美

 秋草が咲きおおれる季、風に靡くすすきの下陰に淡紅紫色の可愛いく立ち咲き薫う思草おもひぐさ発見みつけだすことができます。
 万葉名の「思草」は、花を横向きに咲かせるその姿が南蛮なんばんからもたらされた煙管きせるに似ていることから「南蛮煙管」別名「煙管草きせるそう」と呼称されている花のことです。
 この花は、主として薄や砂糖黍さとうきび茗荷みょうがの根の辺りに生える寄生植物で、花茎は15~20センチほどの高さで、多い処では30~50本と、可愛さの中にも壮観な光景として観することができます。
 そして、この花は横向きに咲く中にときとして下向きのものもあり、万葉人は、その姿から人が物思いにふける意として捉えて思草と名付けたとされています。
 そんな思い草を『万葉集』では、「秋の相聞(恋の歌)」の中に「草に寄せたる」と題し、
道の辺の尾花が下の思ひ草今更々に何か思はむ(作者未詳)
(道のほとりの薄の下陰に咲く思草の花のように、何を思い迷うことがありましょうか)と、ここでの「今更々に」は、思草が尾花に寄生して花を咲かせるように、契りを交わして恋して結ばれてしまった以上、次の「何か思はむ」での、もう一切迷うことはあるまいと、恋の迷いを払拭させる意としてもちいているのです。
 この歌では、思草を登場させることによって「迷わずに相手の愛情を信じるしかない」ことへの恋の余情感を ただよわせて詠ぜられているのです。

図版
 そんな思草を、南蛮風の姿の「ちろり」と呼称される瑠璃るりガラスの酒器を花入れとして見立て、下草として延い伸びる日陰蔓ひかげのかずらから、前向きと横向きにいけ表した作品を参照して見て下さい。
 どうかこの初秋の季には、秋風に靡く薄が原に出掛けて、下陰に群れ咲き薫う思草を観し、恋など様々な事に迷うことなく直なる心を、思草に語り託して見ては如何でしょうか。
万葉植物から伝統文化を学ぶ
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