愛知県共済

インターネット公開文化講座

文化講座

インターネット公開文化講座

万葉植物から伝統文化を学ぶ

万葉いけばな研究家
庄司 信洲

杉の理美

 新たなる年を迎へ、神社のもりなどで凛と佇む杉の木を観すると、とても新鮮さを感じることができます。
 杉は、わが国の原産の常緑高木で、その真直ぐに佇む姿から往昔より神聖な木として崇められ別名を「真木まき」と呼称し、また幹の下の方が緑々と繁るものを「すぎ(盛んに生えるさま)」と称されております。
『万葉集』では「杉、榲、椙、須疑すぎ」の字が当てられ、「榲」の字の歌として、鴨足人かものたるひとは、
何時の間も神さびけるか香具山の鉾榲が本に薜生すまでに
(いつの間にこんなに神々しくなったのか、香久山の鉾のように立派な杉の根元に苔が生えるほどに)と、香久山は「 あまの香具山」と称され神の山として尊崇され、そこに生える杉の姿はまさしく鉾を立てたるが如く凛と立ち、枝葉も盛んに繁り、幹には苔が生えて一段と神々しさの高まりが感じられると詠ぜられております。
 そんな神々しい杉を、次の歌で、丹波大女娘子たにはのおほめのをとめは、

図版[I]

図版[II]
味酒を三輪の祝が斎ふ杉手触れし罪か君に逢ひがたき
(三輪の神職の人たちが崇めている大切な杉の木に手を触れてしまった、その罪からでしょうか、あなたと逢うことが出来ないのは)と恋の惑いがうたわれております。
 この三輪とは、奈良の桜井市に在る大神おおみわ神社(三輪神社)のことで、三輪山をご神体とし、その拝殿前には、今も樹齢400年以上を経たという御神木の大杉(巳の神杉)が荘厳にそびえ立ち、万葉の人々に畏怖と憧憬をもたらした神々しさを今に伝えています。
 その神々しい杉をいつきまつるために供えた御酒の縁から、三輪の杉は酒の神としても崇められており、杉の葉を束ねて球形にしたものを「三輪の酒林さかばやし杉玉すぎたま)」と称され、毎年11月14日の「酒祭」には、その杉玉を酒屋さんなどに授けられます。授かった杉玉を酒屋の軒下に釣しけて酒神の影向よろごろ(神を迎える)を祈するのです。
 そんな凛とした杉に杉玉を、紀元前のタイのバンチェン黒彩土器に紅葉を添えけた作品を図版[I]で、そして、軒に懸けられた杉玉を図版[II]で参照して見て下さい。
 どうか、本年の勅題ちょくだいは「本(ほん・もと)」でありますので、先ずは心と手を清めてから神が影向する杉に向いて、偽りなきぐなる心をもって幹の本に触れては、願い事を叶えてみて下さい。
万葉植物から伝統文化を学ぶ
このページの一番上へ