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万葉植物から伝統文化を学ぶ

万葉いけばな研究家
庄司 信洲

山橘の実の美学


 新年を言祝ぎ輝かせる万葉植物に「山橘やまたちばな」があります。
 山橘は一般名を「薮柑子やぶこうじ薮橘やぶたちばな」と呼称されるもので、晩秋の里山や林などの薮の僅かな丘陵地に生えますが、丈が低いことと、実が葉下蔭につくために見つけ出せないことがあります。そんな時には、葉をめくりあげると赤い実の輝きと出合うことができます。
 その山橘を大伴家持おおとものやかもちは、
この雪の消残(けのこ)る時にいざ行(ゆ)かな 山橘の実も照るもみむ
(この雪の消えないうちにさあ行こう、山橘の実が赤く照り輝くさまを見よう)と歌っています。
 万葉時代には雪は天から降りそそぐ素なる清らかなものであり、山橘の葉に雪を頂く姿はひと際清らかさが増幅されることから、その神聖さが重されたのです。
 そして、さらに家持は次の歌でも
消残りの雪にあへ照るあしひきの 夜麻多知婆奈(やまたちばな)をつとに摘(つ)み来(こ)な
(消え残る雪と照り映えあっている、あしひきの山橘を土産に摘んで来よう)と、庭先に積もった雪も山橘の実の赤さに染まっているその姿に、家持はことのほか感動して詠じたもので、「あしひきの」は山橘を高めての枕詞まくらことばです。
 そんな雪を綿わたの木の実で見立てて山橘の葉にけて、耳付銅花入にけた作品(図版)を参照してみて下さい。
 そもそも薮柑子を「山橘」と名付ける意は、3月の雛の節句飾りでもよく知られた「右近の橘、左近の紅梅」の2つの植物は、日本で最も位の高い建物である、紫宸殿ししんでん(現在の京都御所)の南庭に植えられています。橘は葉下蔭に小さな実を輝かせ、その姿に薮柑子が似ていることを重し、その尊い橘の名が符されたことから、万葉の往時の人々の山橘への観し方の高さをうかがい知ることが出来ます。そして、そのことから正月の祝儀の折りには譲葉と合せて飾られています。
 どうぞ、この新年には赤く照り輝く山橘の実を観し、言祝ぎなる日を過ごしてみて下さい。できれば雪を頂いた山橘であれば、この上もなきことでしょう。
万葉植物から伝統文化を学ぶ
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