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万葉植物から伝統文化を学ぶ

万葉いけばな研究家
庄司 信洲

小楢の理美


図版[I]

図版[II]

 紅葉の季、山里や街の公園などでは、赤く色づいたならの木を観することができます。
 その小楢の葉は、縁がぎざぎざとしており栗の葉にも似ておりますが、赤い色づきは一段と見ごたえがあります。そしてまた色づく前には葉脇に長く楕円の形の団栗を実らせるのです。
 そのどんぐりの実を熟させた姿を図版[I]を参照して見て下さい。
 小楢には、地域によって呼名が色々と異なり、「ならならならしばまきぼうそながかし」などと、さらに古名では「ほほそほそほうそまき」と称され、平安中期の漢和字書の『新選字鏡』には「楢、波々曽乃木、奈良乃木」と、また『和名抄』には「柞、波々曽」と記されております。その「ははそ」の呼名は、『万葉集』でも「はは」と呼称されたものが三首詠まれております。
 まず小楢の歌では、「そうもんおうらい」の「あずまうた」に所収された、
下【しも】野【つけの】美【み】可【か】母【も】の山の許【こ】奈【な】良【ら】のす まぐはし児【こ】ろは誰【た】が笥【け】か持【ま】たむ(作者未詳)
(下野のみかもの山の小楢のように美しいあの子は、どんな男の人のところへ嫁ぐのだろうか)と歌われ、「下野」は東の国で、現在の栃木県の佐野市あたりで、「美可母の山」は「かもの山」とも称され、市の東に位置するかも神社辺りの山を指すものとされております。そして「誰が笥」の「笥」は食器であることから、「どんな男を夫として食事の世話をするようになるのであろうか」と詠ぜられております。また、ここでの小楢の木は、紅葉ではなく若葉の如く瑞々しき女児の姿を意しながら、自分の妻になってくれないかという願望をかくしながら切々と詠じたものとされております。
 そして、次は「うまかひのまへつきみの歌」と題された「ははそ」の歌で、
山【やま】科【しな】の石【いは】田【た】の小【を】野【の】の母【はは】蘇【そ】原【はら】見つつか君が山【やま】路【ぢ】越【こ】ゆらむ
(山科の石田の小野の里の柞原を見たあの方は、山道を越えていることだろうことよ)と、小楢の木の生えている山里の原の美しさを観しながら、旅の夫のことを思いて詠ぜられております。
そして、その美しい情景を意しながら、鮮やかに紅葉した小楢を江戸時代の山里の人が採取した果実を入れる籠を用いて、小楢の下部に紅葉のけやきと秋咲きのよめたでの花を出合せて挿花した作品を[II]で参照して見て下さい。
 どうぞ、この紅葉の季、色々な落葉樹の紅葉の中で、小楢・ははの美しさとそのしたかげようごうなる大地に散り熟したどんぐりを合せて観し、新しき年への緑から赤への色づきと実りを望願して見てください。

万葉植物から伝統文化を学ぶ
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