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万葉植物から伝統文化を学ぶ

万葉いけばな研究家
庄司 信洲

 冬季を迎え、神社やお寺などに参拝に出掛けた折りに、その参道の脇にくぬぎいがつきの実と出合うことがあり、その毬実を手のひらに受けて拝させてもらいます。
 この毬実の櫟は『万葉集』では、「つるばみ」と称されて六首まれております。そして、『日本書紀』では「くぬ」と称され、平安時代の『えんしき』と『いまかがみ』では「橡」と記されており、さらに『みょうしょう』には「橡、、櫟実」と称され、さらに別名としては「くにれききうくにかたふしくれぼくほうそまきどんぐり、くのぎ、ひよぐり」とあまに称されております。この櫟は、ブナ科の落葉高木で、初夏の頃に黄褐色の花を咲かせ、そして実はその翌年の秋に褐色の毬実を熟すのです。
 そして、『万葉集』にては、すべからく「衣染め」として歌われており、「きぬに寄する」と題しての「歌」として、
橡【つるばみ】の衣【きぬ】は人【ひと】皆【みな】事【こと】なしと言【い】ひし時【とき】より着【き】欲【ほ】しく思【おも】ほゆ
(つるばみで染めた衣は、誰もが着やすいと言うのを聞いてから、着てみたいことだと思っている)と歌われ、その橡の毬実のどんぐりをせんじたるかっしょくの汁を用いて染めた衣は、まさしくこんごくなる染色から、心が高まりうる好ましき染色であることから、とても橡染めの衣を着てみたく思ふと、詠ぜられております。
 そして、そうした無心染色としての歌として、五月五日に大伴家持おおとものやかもちさんは、
紅【くれなゐ】は移【うつ】ろふものそ都【つ】流【る】波【ば】美【み】のなれにし衣【きぬ】になほ及【し】かめやも
べにばなはなやかだけれども、すぐに色せる。地味な櫟でも色染めした衣服に及ぶことがあろうか)と歌われ、紅花で染めた色は、一時は大変鮮やかで美しく見えるが、そのうちに変色しやすい。しかし櫟の毬実を煮た汁で染めた茶褐色の色は、変色はしないものだという。そのことから、この歌ではそのことを比喩させて「なまめかしい遊女は心変わりやすく長く続くものではない」と、櫟染めの色変りしないことをちょうして高らかに詠ぜられております。


図版[I]

図版[II]
 その毬実が描かれた江戸時代の植物図鑑の『ほんそう』には「しょうじつ、つるばみ、どんぐりくぬぎ」と称され、その染め毬に、どんぐりが可愛らしく描かれているのを、図版[I]で、そして、その橡實のれん(愛の重なり)姿で落下した毬実いがみのものを、図版[II]で参照して見て下さい。

図版[III]
 そんな実が落下した櫟の毬つきの枝振りに、秋の名残のすすきよめを、江戸時代のなへしろあめゆうあわ徳利に出合せての挿花を図版[III]で参照して見て下さい。
 どうぞ、花の翌年の秋に熟して落下した褐色の連理の櫟の毬実と出合った折りには、恋しき人とのつながりをこころして、手のひらに受けて微笑んで見て下さい。

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