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掌(てのひら)の骨董

日本骨董学院・学院長
東洋陶磁学会・会員
日本古美術保存協会・専務理事 細矢 隆男

掌の骨董92.明時代の玉製「蛙」


どこかユーモラスな明時代の玉製の蛙

 今回は私の愛好する中国明時代の玉製の「蛙」について書いてみたいと思います。まさに「掌の骨董」の蛙で、かわいいです。用途は今でいうペーパーウエイト、文鎮です。足の表現がなんとも愛らしいです。おなかと足の部分がすり減っていて、かなり使い込まれています。

 昔の中国では「文具」というものは文人の心の安らぎであり、誇りであり、愛玩品でした。それら自分の「宝物」に対して、彼らは現在の人たちからは考えられないほどのこだわり、愛着を持っていました。

 「文具」を使う詩作や文筆、絵に当時の貴族文人たちは、無上のよろこびを感じていたし、こうしたお気に入りの文具類を日常的に使うことに生きる喜びを感じていました。ですから、こうした文具を選ぶことに金銭を惜しまず、妥協しませんでした。


蛙の裏側

 以前にも書きましたが、蛙は現在では変身する両生類の動物として分類され、卵からおたまじゃくしになり、尻尾で泳ぎ回り、そして足が出て、手が出て、次第に尻尾がなくなり、蛙となり、水から陸に上がり、元気にピョンピョン跳ねることに、不思議を感じることはなくなりました。

 しかし古代人は変身を繰り返す蛙を、姿を変えて、生まれ変わる不思議な動物として驚異と崇敬の眼で見ていました。


朝鮮李朝時代の副葬品の玉製蛙

 蛙と同じように、変身する動物に蝉がいます。蝉も長い間、地面の下で長い時を過ごし、やっと地上に出てきて、殻を脱ぎ捨て、7日間ほどの短い命を元気に鳴いて、卵を産み付けて死んでゆきます。その蝉も卵からサナギになり変身します。更に殻を脱ぎ捨て蝉になります。蝶もトンボもみな同じように複雑な「変身」をとげてその姿を変えて飛び立ちます。

 その変身の様子を見ていた古代の人たちは驚きの眼で見守ったことでしょう。
古代においては毎日食事することすら大変で、外敵も多く日々を生き抜くことが精いっぱいだったに違いありません。だからせめて死後の世界では幸福に過ごせるように安楽なあの世に復活・再生したいという望みが強かったのだと思います。

 それから「死」への恐怖です。死んだらどうなるのだろうか、という不安。地獄や極楽・浄土があり、良い行いをした者は極楽浄土にいけるといわれました。人々は自分はずるく悪い人間だと思い、地獄に行くのではないかと考え、恐怖に畏れ悩みました。


エジプトのミイラ(東京国立博物館所蔵)

 エジプトでは現世への復活・再生が祈られ、ミイラがつくられました。古代エジプト人は「死」を魂と肉体の分離と考えたようで、いつか浮遊する魂が肉体に戻り、再生・復活できると考えたようです。その時のために肉体が滅びぬようにミイラで自分の肉体を永遠保存しようとしたのです。
 人々の再生・復活への願いは宗教に端的にあらわれます。日本の浄土宗や浄土真宗では「南無阿弥陀仏」の六字名号を称えれば、極楽往生がかなうとされます。死と死後への想いは、宗教の永遠のテーマです。

 仏教の開祖であるお釈迦様は、弟子たちからある時に質問を受けました。「先生、死後、人はどうなるのでしょうか?」それに対し釈迦は自分は死んだことがないから、死後のことはわからない・・と答えたと言われています。まさに現実主義者のお釈迦様らしい言葉です。釈迦には死後のことより、この現実の世の中をいかに生き抜くかの方が大切だったのです。


漢時代の石製の蝉

 さらに古代中国・漢時代の副葬品と思われる石製の「蝉」。中国の古代の埋葬された権力者の遺体の口には蝉型の玉器が入れられることが多いです。まさに蝉の再生・復活の力と玉の霊力にあやかるために悪霊の入り込みやすい口の中に入れて体を守ったのだと思われます。また体の穴という穴は聖なるガラスや玉でふさぎ、悪霊が体に入り込まないように徹底して防ぎました。

 また猛毒を持つコブラなどの蛇は古代エジプト社会において神として敬われ、日本では抜け殻が神社の守り神であることも同じ考え方によると思われます。さらに蛇は脱皮を繰り返すことによって成長して若返りの力を増します。すなわち生命の更新を意味します。蝶も同じように変身して、脱皮して羽が生えて飛んでゆきます。飛ぶ動物は魂を来世に運ぶ神聖な動物として崇められました。古代ギリシャの蝶のプシケ伝説にその面影がうかがえます。


鈴木正直の蛙根付

 再度ここに鈴木正直という江戸時代の根付作家による老蛙の枯淡の味わいある根付に登場してもらいます。古井戸の横に転がる底の抜けた釣瓶の上に乗っていて、いかにもそのあたりの主といった風情の老蛙です。

 古井戸ではありませんが、芭蕉の有名な句がありますね。「古池や 蛙飛び込む 水の音」を思いださせます。芭蕉は侘び寂びのすばらしい名句が多く、この句を読むと、静謐な世界である古池に、ポチャンと蛙が飛び込んだ音に驚く芭蕉。そんな素直な感覚が風景と共に脳裏に去来します。優れた芸術というものは、少ない文字で無限の世界を表現してくれます。

 この蛙にもそんな世界に生きている姿が感じられます。この小さな細密さは尋常ではありません。前のめりに身を構えている様子はある意味、ユーモラスで、良くみる蛙の光景とも言えます。私には普通の蛙表現の一境地を超えているように思えます。鈴木正直の技量の高さがうかがえます。


荒々しい自然の岩肌の変化をうまく蛙の背中に表現している今回の明時代の蛙

 今回の明時代の玉製の蛙の背中には、自然に晒された永遠の時を感じさせる石の荒々しい肌を蛙のいぼに見立て、背中にうまく計算して配しています。年老いたコブのような表現も一見写実的ですが、傾いた体や目付きなど、どこかユーモラスです。口も可愛く彫られ、下から観察しますと、お腹も大きく膨らみ、なかなか魅力的で、愛らしいです。

 京都栂尾山高山寺の鳥羽僧正の筆になるという国宝「鳥獣戯画」に描かれている、兎と相撲をとる蛙も同じですが、ユーモラスな漫画と芸術のすれすれのところに位置しているのが名品の一つのありようかもしれません。研ぎ澄まされた緊張感だけでは芸術とは言えないのではないでしょうか。またあまりにもくだけすぎると緊張感がなくなり、観ている側に作品の深さが伝わりにくいのです。芸術とは微妙なかねあいの中から生まれるものなのですね。ここでは線の美しさが特筆されます。


鳥獣戯画の一コマ(国宝・京都・高山寺所蔵)

 さて作者の鈴木正直はなぜこうした「蛙」を制作したのでしょうか。以前にも書きましたが、これまで述べてきました宗教的な側面について作者は知っていたと思われますが、伊勢神宮には昔から遥か遠くから多くの参拝者が訪れました。江戸から京都まで普通の大人で13日から15日かかったといわれます。女性やお年寄りは更に日数がかかったでしょう。私などスニーカーでちょっとウオーキングしても足が痛くなりますから、伊勢まで歩いて行ってお参りしてまた歩いて帰るには大変な思いをしたはずです。旅の途中で体調を壊したり、病む方々も多かったでしょうし、亡くなる方もきっとたくさんいたでしょう。そんな旅の苦労を乗り越えて無事に「帰る」事を「蛙」に重ねて願って制作し、遠くからお参りに来られた方々の道中のお守りとして、またお土産として販売したのではないかと考えられています。ですから「精魂込めて」制作されているのです。

 今回の明時代の玉製蛙に話を戻しますが、芸術性が豊かですし、観ていて飽きの来ないものです。何かゆったりとして、大陸を感じます。素晴らしいなぁと感心します。私はこうした「玉製品」を特別に収集している者ではありませんが、いつも心に響く作品に出会いたいと願っています。この蛙はもうかなり私の人生と共に過ごしてくれていて、私に生活の潤いを与えてくれています。これからもできるだけ長く一緒に過ごしたいと考えています。


口と足とおなかがかなりすり減ってます。

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掌(てのひら)の骨董
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