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掌(てのひら)の骨董

日本骨董学院・学院長
東洋陶磁学会・会員
日本古美術保存協会・専務理事 細矢 隆男

掌の骨董62. コブ牛土偶 原インダス文明


掌のコブ牛土偶

 インダス文明の歴史にはとても興味深いものがあります。もともとの先住民のモヘンジョダロ遺跡やハラッパー遺跡にみられる古い文化があり、スレイマン山脈の麓のバローチスタン高原に、独特なメヘルガル文化を築いていました。以前メヘルガル土偶を本稿でご紹介しましたので、そちらも参照ください(第26回「インダス先文化メヘルガル土偶 その魅力的で、奇怪な土偶の世界」参照)。その文化は大変古く、世界最古の縄文の次なる最古クラスの文化といえましょうか。


世界最古縄文に並ぶ古さのメヘルガル土偶

 おそらくインダス川上流地域に約紀元前7000年くらいから農耕・牧畜を始めたとされます。紀元前4000年から3500年くらいに独特な土偶が成立し、いまだ未解明な部分をもつインダス文字もそのころにできたと推定されています。特に注目すべきは土偶で、とても不思議な顔を持った、興味深い作品です。

 そして紀元前1700年くらいに先インダス文明は滅んだとされ、さらに200年ほどたった1500年頃にメソポタミアの東あたりにいたインド・アーリア系語族がカイバル峠を越えて侵入してきて、ほぼインド全域が異民族に支配されます。牛を崇拝します。さらにカースト制度の基になるヴアルナ制度が成立して身分制度が確立されました。すなわちすべての原住民を奴隷におとしめ、自分たち支配者を3つの階級に分けて、最高位がバラモン(僧侶)、次がクシャトリア(貴族・武士)、そしてバイシャ(平民)としました。さらに制圧した原住民の奴隷階級(スードラ)を加えて4階級が出来上がりました。驚くべきはそのカースト制度は現在も続いていて、今では2000以上の階級に分かれているといわれます。

 彼らの最上級階級のバラモンたちは、自然讃歌リグヴェーダを成立させました。哲学的に自然を考察した思想で、ウパニシャット哲学といい「すべて(宇宙)は個のためにあり、個はすべて(宇宙)のためにある」という考え方で、後の釈迦や空海の真言密教の基本になった哲学です。釈迦の「因縁・縁起」も同じ考えの延長にあります。


ギリシャ風の美しい釈迦像(ガンダーラ)

 紀元前5世紀半ばにお生まれになったお釈迦様はこの特権階級クシャトリア階級(貴族・武士階級)の生まれですから、支配者階級、すなわちインド・アーリア系人種と考えられます。お釈迦様は一国の王子で、ゆくゆくは国王になる身分でしたが、人間の苦悩・欲望を脱却し、皆が平和に暮らすにはどうしたらよいかを修行の中から考え、悟りを得られて仏陀となりました。ですからインド・アーリア系語族出身のお釈迦様は生粋のインド人ではなく、メソポタミア地方のアーリア系貴族の出身ということになります。すなわち仏教の思想的ルーツはメソポタミアということになると考えられます。


彫りの深い供養者像(ガンダーラ)

 ただお釈迦様は、バラモンの決めた身分制には反対で、人間はもともと平等であるとして、クシャトリア階級を捨てて最下層で苦しむ人たちの中に入って行かれました。そのためカースト制度を重視するバラモンたちから命を狙われたこともあったようです。その後にアレキサンダー大王がギリシャからはるばるインダス川まで進攻してきて、今にもインドを制圧する勢いでしたが、あまりにも遠くまで来たため、部下の反対にあい、やむなくギリシャに引き返したため、インド社会は再度の侵略は免れました。もしアレキサンダー大王がインドに侵入していたら、バラモンは追われカースト制度は崩壊し、存続しなかったでしょう。


アレキサンダー大王を思わせる青年像の傑作(ガンダーラ)

 さて、本論に戻り、コブ牛についてお話しましょう。牛は古来農業において重視され、さらに信仰の対象にもなっており、お釈迦様の前身も白い牛であったという話もあります。メソポタミア文明の時代にも牛は特に貴重な農耕の財産であり、大切にされてきました。


モヘンジョダロ遺跡出土のコブ牛土偶

「NHK世界四大文明・インダス文明展」カタログ掲載写真のコブ牛

 日本の姫路の広峰神社、京都の八坂神社に牛頭天王の古い信仰の形を見ることができます。わたしは備前福岡にある、秀吉の参謀、黒田如水の先祖の古墓を調べるうちに、ゆかりの広峰神社にたどり着いたのですが、牛頭天王の牛頭は「ゴズ」すなわちスサノオの別名とされ、ヘブライ語で領土を奪う、取得することを意味しているようです。古い日本の神話はヘブライの神話と重なる点が多く、そうした意味から日本建国の土台を築いた神話に発展して、牛頭天王として信仰の対象となったのではないかと考えます。

 かわいいコブ牛を見ながら想いを歴史に馳せると楽しいです。


胴の輪線文の美しいコブ牛土偶

※写真作品はすべて筆者の所蔵品です。

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