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インターネット公開文化講座

文化講座

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掌(てのひら)の骨董

日本骨董学院・学院長
東洋陶磁学会・会員
日本古美術保存協会・専務理事 細矢 隆男

掌の骨董103.李朝黒高麗徳利-朝鮮王朝時代初期


李朝初期黒高麗徳利

 私が李朝陶芸に魅了されて、韓国に通い始めたのは、日本骨董学院を始めて少し経過したころ、いまからもう30年くらい前でした。以来、個人的にも、また会員の皆様をソウルだけでなく、李朝王家の焼き物、気品ある白磁を焼いた広州諸窯跡や茶人に愛された侘び寂びの鶏龍山系窯跡めぐり、ソウル市内の大小の面白い骨董屋さんめぐりはいうまでもなく、民芸の故郷ともいうべき安東、港町釜山(プサン)、大邱(テグ)骨董街をご案内しました。韓国の食堂ではフランスのレストランと違い、恥かくことはまずありませんから、気さくで言葉はわからなくても大丈夫ですし、地元の皆さんが食べてる美味しそうな料理を見て「これ」といいながら指一本立てて「一つ」のゼスチュアでOKです。基本の韓国語はわかりますが、へたに話すと、この人は「話せる」と誤解され、難しい複雑な会話になり聞き取りが難しくなりますから、時間のない街中ではもうシンプルが一番です。韓国ではそれができるから楽しいです。


楽しい夕食の始まり

 夜は安くておいしい店がたくさんあり、みなさんとよく参りましたのは当時「北朝鮮餃子舗」と銘うつ店(現在は「北朝鮮」を取り「明洞(みょんどん)餃子」と名前を変えたようです)では「餃子鍋」がおいしく、皆さんと戦利品である骨董品を見せ合いながら楽しい酒盛りを毎日してました。夏は冷やしたビール、漢江(はんがん・ソウル市の真ん中を流れる大河)が凍る本当にたまらなく寒い厳冬期にはアツアツの餃子鍋や焼き肉、ズンドウフチゲ鍋定食を食べてマッコリをたくさん飲んで大満足して支払いは1人1300円から1500円程度でしたから、皆さんにはたいそう喜んでいただけました。

 私は辛い韓国料理が大好きで、朝早くから皆さんと南大門市場や東大門市場に行き、クルクルパンチパーマのオバチャン(オムニ)食堂で、二、三回行けばオヤジさんやオムニと仲良くなるし、ズンドウフチゲ鍋定食をいただくのが楽しみでした。冬には安くて抜群においしく、暖まるし最高のチゲ鍋定食です。最近はコロナ禍、ウクライナ問題で訪問してませんから物価動向はわかりませんが、当時どこでも300円~350円でキムチ食べ放題でおいしく、活気に満ちた市場で満足しました。釜山(プサン)ではなんといっても港の海鮮市場が雰囲気があり、おいしいです。


骨董店にて楽しい買い物

 さてソウルには大きなビルに骨董屋さんがたくさん入っている、いわゆる「骨董街ビル」があります。
 ソウル東部の地下鉄5号線踏十里(タッシムニ)の駅近くにある「踏十里古美術・骨董街」です。日本人バイヤーをはじめ、国内外のアンティーク好きが集う名物街で、一番のお勧めですが、最近は資本力のある中国人の進出が目立ち、真贋の問題も多くなり、韓国人の店舗が押され気味のようです。

 日本語上手な店主も多く、作品の特徴、値段を詳しく話してくれます。この踏十里古美術・骨董商店街2・5・6棟と、歩いても行ける隣の地下鉄5号線長漢坪(チャーハンピョン)駅近くの長安坪(チャーアンピョン)古美術・骨董商店街に合計約150店ほどが営業してます。


黒高麗徳利の高台

 今回の「李朝初期黒高麗徳利」はこの長安坪古美術商店街で見つけました。まだ私が訪問し始めたころの韓国では、日本人古美術商もあまり来てませんでした。品物は中国の影響を受けて完品主義で、いわゆる「キズ物」、割れた作品やキズ付いた作品の評価は低く、我々には大変安く、よい作品が買いやすい値段でしたし、割れてれば持ち出し可能であり、日本人の古美術の世界、特に茶道の世界には、物を大切にする「金継ぎ」、「金直し」の技術があり、割れた物でも、古来良い作品は修復して使うという、世界に誇るべき素晴らしい文化があり、かえって金で美しく修復すると、より味わいが良くなったり、地味な作品に品格を与え、見栄えが良くなるケースもあり、中国人や韓国人にも、こうした傾向は浸透しつつあります。


韓国国立中央博物館にて

 この黒高麗徳利は、その骨董街のやや大きいお店のガラスケースの下、床にホコリにまみれて転がっていて、誰にも見つからないような暗いところにありました。こうした場所から探しだして、名品を掘り出す楽しみはまた格別で、私は床に膝をついて下を覗き込み、そこに転がるある幾つかの作品を、手を汚しながらつかみ出しました。


白磁の故郷「分院里資料館」で実地の勉強会

 口が欠けてましたが、間違いのない「李朝初期黒高麗徳利」でした。内心名品だ!やった~と思いましたが、折衝前によろこびは顔には絶対だしません。大きさ、形の良さ、手持ちのよい重さ、時代を経た味わいのある黒釉の変化、高台まわりなど申し分がありません。古美術商にはポーカーフェイスは必要で、この取り上げた三個の骨董品の中で好きではない作品から値段折衝するのがポイントです。自分では最初からこの黒高麗徳利が喉から手が出るほど欲しいのですが、その素振りを見せたら私はこれが欲しいのだと相手に分かり、安くしてもらえなくなります。欲しくもない作品から「これいくら」「安くして」などと熱心に話始めます。最後にこの欠けた汚い徳利はいくらかな?これ全部でいくらになる?という具合に網を絞って行きます。韓国人でも中国人でも最初は高く値付けしてきますから、最初はこんなケースの下に捨ててあったようなものにしては「高いからいらない」くらいな素振りを見せたり、他の店に行くような、その場を離れる素振りを見せてやる。すると、相手は捨ててあったような作品が、ある程度で売れる可能性があるわけですから、ならこれくらいならどうか?と追いかけてきます。こうなったらシメタもので妥協点をお互いに見つけ、購入となります。


楽しいランチタイムのチゲ鍋定食

 こうして自分の満足できる作品を安く買えた時は嬉しく、ホテルの部屋に戻り、洗ってテーブルに乗せて眺めたり手にしたりしながら満足感に浸る一時がなんとも言えない「至福の時」なのです。

 この懐かしい「李朝初期黒高麗徳利」は、口の欠けを渋い粗めの銀で修復して、今はさる学院の会員さんで、コレクターさんでもある方のところに転居して、古美術品がたどる静かで平和な時間を過ごしています。


黒高麗徳利

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