愛知県共済

インターネット公開文化講座

文化講座

インターネット公開文化講座

掌(てのひら)の骨董

日本骨董学院・学院長
東洋陶磁学会・会員
日本古美術保存協会・専務理事 細矢 隆男

掌の骨董84.草創期伊万里呉須絵蓮華文杯 連載3回目/3回連載のうち

 新年明けましておめでとうございます。本年が皆様にとりまして、より良い年になりますよう、心よりお祈りいたします。今年も有意義で楽しい内容を心がけますので、よろしくお願いいたします。


草創期伊万里呉須絵蓮華文杯

 この私の好きな杯についての連載も終わりの3回目となりました。これまでの1/3回目から2/3回目でやきものの原理から、磁器という特殊なやきものの種類、初期伊万里、草創期伊万里の特徴まで詳しくお話いたしました。

 伊万里磁器はやきものでは最高水準とされ、美術的価値も高く、耐久性からも極めてレベルの高いやきもので人気があります。

 本作品は初期伊万里のまたさらに最初に製作されたことから草創期伊万里と呼ばれていることは何回も述べてきました。


草創期伊万里呉須絵蓮華文杯の断面図(筆者画)

 この種の作品の一番の特徴は、底が厚く、縁が薄い仕上げになっている作品が多いことでしょう。高温で焼かれたときに、高台際から縁までが長ければ長いほど、重力のモーメントを強く受け、先端が重くなり、高温になると先の方が下に垂れて(へたって)きて、不良品となる確率が高くなります。

 高台を厚く作れば、それに従い縁までもしっかり薄く頑丈に作れますし、縁のへたりが少なくなり、歩留まり、すなはち成功確率が高くなります。

 高台の直径が皿の直径に比べて1/3以下のケースが圧倒的に多いことも特徴の一つです。この3回の1回目に初期伊万里の特徴をお話いたしましたが、皿の裏面に大半絵がないのも特徴です。本作品は最初期のものですから、当然裏絵はありません。初期伊万里の最後に少し裏絵、といっても簡単な図柄が入るケースがままあります。


本作の高台と裏

 本作品にはシンプルな、向かい合った横向きの蓮華の花が呉須により2つ描かれています。私は初めてこの杯に出会った時に、驚愕したのがこの横に描かれたロータス紋様、後の蓮華文でした。なぜならこの横に描かれた蓮華文は古代ギリシャに描かれた文様そっくりだからです。


古代ギリシャのロータス紋様(日本では蓮華文という)

 なぜ古代ギリシャのロータス紋様が草創期伊万里の紋様に出てくるのか、これはシルクロードなどの文様の歴史を詳細に研究しないと結論は出ませんが、ギリシャ神話などに登場する、パルテノン神殿の美しい女神たちが着ている絹の衣服の描き方、様式が法隆寺の四天王の衣服にそのまま引き継がれていること、さらに法隆寺金堂の手摺の透かし文様「卍型鈎欄」などのルーツはギリシャであり、極端な話、法隆寺の美術品は大きくギリシャの影響下にあるといえます。「卍型鈎欄」の近い例としては韓国慶州の新羅初期の雁鴨池宮殿(アナプチ宮殿)出土の事例があります。


「卍型鈎欄」

 法隆寺回廊の柱のエンタシスは有名ですし、本尊釈迦三尊像のかすかな微笑み、いわゆるアルカイックスマイルもギリシャの女神たちそのものであることを考えると、偶然というより、かなり意図した、最初から最先端の美術様式に依拠したと考えた方が良いように思われます。


法隆寺回廊のエンタシスの柱(真ん中が目の錯覚を補正するため、少し太い)

 飛鳥時代、白鳳時代は最も優れた美術価値ある、エジプト美術をより更に洗練させたギリシャ文化、ギリシャ美術が導入されたことは、後の日本文化、日本美術の洗練された美的世界を鑑みますと、先祖の人たちの際立って優れた感性に感謝したい気持ちになります。最高に良いものを見分ける感性に日本人は特に優れた才能を発揮します。その点こそが、世界に冠たる技術力や生産力を産み出した原動力ではないかと私は常々古代の人たちの感性の良さに感心しています。


伊万里の唐草紋様のルーツはギリシャ・エジプト

 今回の優れたギリシャの唐草文様の伊万里草創期蓮華文杯に、江戸初期においても飛鳥時代、白鳳時代の優れた感性が生き続けている証拠を発見した思いでした。


草創期伊万里呉須絵蓮華文杯

※旅連載へアクセス

掌(てのひら)の骨董
このページの一番上へ