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掌(てのひら)の骨董

日本骨董学院・学院長
東洋陶磁学会・会員
日本古美術保存協会・専務理事 細矢 隆男

掌の骨董43.人間国宝・荒川豊蔵作 めでたく、珍しい「色絵松図湯碗」


色絵松図湯碗

 今回は現代陶芸の巨匠、人間国宝、荒川豊蔵(1894年~1985年)の大変珍しい色絵松図湯碗です。年代的には豊蔵が色絵を含めた美濃作品を水月窯で作り始めた1946年から寛次郎の1966年の死までの間と推定されます。前回のライカⅢf同様、この作品も私の幼年期に作られたようで、そうした意味でも何か縁を感じます。この作品は豊蔵が仲の良かった京都の五条坂下の陶工、河井寛次郎の窯を訪れた折りに製作した作品であると元所有者の方の家に伝えられてきました。河井は生涯無冠、人間国宝授与も断って一陶工として生きた人でした。


河井寛次郎作 「呉須泥盛上茶碗(著者所蔵)」初期の傑作といえます。

 本作の元所有者であり、豊蔵のファンであるコレクターの求めに応じて即興的に河井の工房で作成して彼に渡ったもののようで、コレクター亡き後、彼の家族が遺品として受け継いだようです。その家族から私の知り合いの古美術商が買い取り、私は彼から譲り受けるとともに作品の伝来を教えてもらったという訳です。いずれにしても豊蔵の円熟期の作品であることは間違いありません。


豊蔵が発見したものに似た志野筍文向付(著者所蔵)

 荒川豊蔵といえば、当時は瀬戸焼とされていて、2日前に北大路魯山人とともに名古屋の古美術商、横山五郎に見せてもらった古志野の筍図茶碗と同じ陶片を彼は美濃大萱の山中で発見して、美濃古陶の研究に大きな足跡を残し、古志野、瀬戸黒の再現に多大な功績があったことから人間国宝に推挙されました。思い立ったら即実行の彼にして可能な強運の発見といえます。これを境に豊蔵の作風は大きな転換期を迎えます。


荒川豊蔵作 鉄絵志野草花文皿 左は江戸時代の志野鉄絵皿(ともに著者所蔵)

 豊蔵に色絵作品は少なく、京焼の仁阿弥道八写しの鉢や赤絵作品はまま見受けます。わたしは彼の古志野写し茶碗が好きですが、珍しいものとしては東京の出光美術館所蔵の鉄絵古唐津柿図小壷の絵を範とした色絵茶碗が特に好きです。いつか同手を手にできれば幸せです。出光美術館の古唐津鉄絵柿図の柿が熟したオレンジ赤で、豊蔵の新しい境地を目指した意欲作といえます。
 そんな訳で豊蔵作の色絵には着目しておりましたから、この松絵湯碗にめぐり会ったときは、運命的なものを感じました。
 今回の松図はいうまでもなく、能舞台の唯一の装飾である松を思わせる描き方で、落ち着いた色調と豊かな描き方に心うたれました。松は通常の植物と違い、冬でも枯れない「常緑樹」であり、枯れないことから、古来「不老長寿、不老不死」、亀や鶴のようにめでたい図柄のシンボルとなっています。


昭和天皇ご成婚記念ボンボニエール(大正13年・著者所蔵)に螺鈿象嵌された鶴

 富士は不二とも書き、二つとない一番高い山であり、その不二にふさわしい三保の松原は世界遺産にも選ばれた、日本人の目出度い長寿のシンボルでもあります。富士に松原は良く似合うと古来言われてきました。めでたく世界文化遺産にも登録され、世界に誇る観光地になるとともに、その文化的価値を大きく前進させました。


保存刀装具・松図縁頭(加賀象眼・筆者所蔵)

 江戸城の「松の廊下」は忠臣蔵で有名です。将軍家の江戸城は至るところに松が描かれていたようです。将軍に献上する伊万里磁器「鍋島」にも松はたくさん描かれています。将軍家の弥栄(いやさか)を願って製作したことを強く外様大名の鍋島藩はアピールしています。


献上品鍋島青磁「鶴の松巣籠図皿」(筆者所蔵)

 この皿は伊万里の将軍家への献上品として製作された皿です。一部表面に釉切れがあり、献上されなかったものと思われますが、さすがに素晴らしい筆さばきの絵です。鶴は亀と並び、長寿のシンボルの代表です。「鶴は千年、亀は万年」といわれて大変縁起のよい目出度い図柄とされます。
 この鍋島皿には更に二羽のつがいの鶴が松の樹の頂きに巣籠もりしようとしています。巣籠もりは将軍家の子孫繁栄と権力継承、安定を願う図柄です。こうしたことから権力者にもっとも好まれた図柄といえます。室町将軍家、信長、秀吉、家康も皆好んだ図柄です。桃山時代以降、宮廷画家である狩野家の公式な襖絵には松鶴亀の豪快な絵が多くなります。
 ただ確かに亀は長寿でおめでたいシンボルなのですが、絵としてみると地味で動きも鈍く、鶴の空を飛ぶ姿には人気を譲るようです。鶴は優美であり、姿の美しさ、のびやかさは群を抜いています。室町時代の水墨画で有名な雪舟なども鶴を多く描いています。

 わたしは将来、隠居できたら、以前この「掌の骨董 第36回目」に書きました柿右衛門様式の「あわび型成形染付二重唐草双鶴飛来図変形皿」か献上品鍋島青磁「鶴の松巣籠図皿」を相方に茶菓子でも乗せて鶴の舞っている姿や巣ごもりの鶴を愛でながら、この松図湯碗でお茶を楽しみ、長寿にあやかりたいと夢見ています。


豊蔵の「色絵松図湯碗」と柿右衛門様式の「あわび型成形染付二重唐草双鶴飛来図変形皿」

豊蔵の愛嬌あるサイン、珍しい豊蔵の「と」
掌(てのひら)の骨董
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