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掌(てのひら)の骨董

日本骨董学院・学院長
東洋陶磁学会・会員
日本古美術保存協会・専務理事 細矢 隆男

掌の骨董91.印判について


こんにゃく印判(1730年頃~1750年頃)

 今回は楽しい「印判について」お話しいたします。楽しいとは手軽に買えて、使っても楽しめるという意味です。印判といいますと難しく感じますが、今でいえば「プリント印刷」された碗や茶碗、蕎麦猪口となるでしょう。

 江戸時代の元禄期に蕎麦の流行がはじまり、続いて不況が加速して蕎麦がおいしく、安価なことから急速に需要が増え、それに伴って、蕎麦猪口の大量生産が始まります。大量安価で同じような、汁を入れる猪口が必要になり、量産化していきました。すなわち手描きより簡単に、しかも不況ですから型紙で大量に生産して安価に皆さんの手に届けたいと願う気持ちから作られたことは間違いないでしょう。時代の変革期の大きな嵐の中でこれらは誕生してきました。

 古美術・骨董の歴史の中に登場してくる「印判」には次の4種類があります。

①こんにゃく印判
②型紙摺絵
③銅版プリント
④ステンシル


一番古い元禄印判の「こんにゃく印判」五弁花皿。表の中央に押されています。

 ①の「こんにゃく印判」とは、簡単にいえば、いも版のような簡単に作れるプリントのことです。初期の蕎麦猪口(1730年頃~1750年頃)に多い絵付けで、後世に、印刷面のエッジがボヤけて甘い出来から、食料の「こんにゃく」を彫って顔料を塗り、圧力をかけてプリントしたからボヤけたのではないかと考えられたようです。しかし現実的にはこんにゃくを彫刻刀で彫ることは難しく、柔らか過ぎて彫れません。いも版は商業用に大量にプリントするにはやはり版が長持ちせず、1日は使えても、翌日には干からびて使い物にならないでしょう。毎日版を彫るのも面倒です。そこで長く使うための素材として何が良いか考えましたら、これはやはり動物の皮ではないかという結論に至りました。磁器の湯呑みや茶碗の多少は凹凸のある曲面に美しくプリントする必要があり、柔らかくて厚みもあり、使用後には洗って干せば長持ちする素材が必要です。板に馬か豚の皮のツルツルした面を表面にして張り付け、それをよく切れる小刀で彫れば簡単な紋様ならすぐに彫れます。そこに呉須を塗りつけて作品に押し付ければ、綺麗にプリントできます。この頃は厚底の高台が多いのも鑑定のポイントです。


型紙摺絵の最高作品。この技術は素晴らしいです。

②型紙摺絵
 原理的には布染めの江戸小紋などの高度な技法の応用です。17世紀後半にできた製法とされます。元禄バブルの崩壊によりすたれ、明治になって流行して完成されます。型紙に紋様を切り抜いて作り、上から呉須などの青い染料を摺り筆で絵付けを行います。江戸伝統技術の復活を見せる素晴らしい技術です。肥前志田窯で明治4年製の作品が残り、また明治6年に波佐見で作り始められたようです。この時にドイツのベルリンから人工化学呉須が大量に、しかも安価に輸入され、爆発的に生産が増えます。そのベルリン藍が訛り「ベロ藍」といわれるようになりました。その後、愛媛の砥部に伝わり、さらに岐阜県美濃に伝わり急速に全国に広がります。藍が絵になり、作品の白い部分が型紙で、必ず全体に繋がります。


型紙摺絵の最高作品の裏側の型紙摺絵

銅版プリント作品のライト兄弟式複葉機

③銅版プリント
 これも明治に登場した技法です。別名、エッチングとも言われる西洋の銅版画の技法を応用したものです。銅版に松ヤニなどを炙り付けて、そこを釘のように尖ったもので引っ掻いて好きな絵を描き、その版を腐食剤で侵食させ、その侵食されたところにベロ藍をすり付け、紙に転写し、それをすぐにまた作品に再度摺付け転写する方法で、細く細かい絵が転写でき、細密画が可能ですが、線で表現するためベタが表現できません。ベタは隙間の無いような線の連続で表現します。


銅版転写によるベタ表現は線が表れる。

 有田では明治19年に技術が伝わり、更に京都清水、美濃や多治見に伝わりました。型紙摺絵では輪ゴムのような絵は、所々切れて繋げて描けませんが、銅版プリントではいくつもの輪ゴムがどのように重なっても描けます。

④ステンシル
 これは型紙にベロ藍を霧吹きみたいに吹き付ける技法です。作品に直接吹き付ける技法もあり、皿に型紙を置いて、上からベロ藍を吹き付け、後からその型紙を取れば、絵が白く抜け、それを細い筆で輪郭を描くと面白い作品ができます。

 これら作品の産地の識別鑑定は高台の径を見ます。肥前系では高台径が全体系の50%以上が多く、瀬戸、美濃系は50%以下が多いようです。


肥前系のステンシル作品

 これらの作品の内、こんにゃく印判がやや高価で、あとは文明開化の図柄、例えばライト兄弟の複葉機などや飛行船(ツェッペリンなどは非常に高額)、写真機、汽車などの図柄は高額で、それ以外は比較的に手頃であり、楽しめます。是非骨董市で探して普段使いしてください。


やや高価な「こんにゃく印判のコロ茶碗」(湯呑み)。使われた風合いが良い。

※こちらをクリックされますと、同じ著者の「旅・つれづれなるままに」にリンクします。今回の内容は「恐山の信仰」についてです。

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