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掌(てのひら)の骨董

日本骨董学院・学院長
東洋陶磁学会・会員
日本古美術保存協会・専務理事 細矢 隆男

掌の骨董66. 李朝染付魚文四方小鉢


李朝染付山水魚文四方小鉢

 エジプトは世界最古級の文明を誇り、常に四大文明のトップに上げられてきました。特にエジプトは18王朝のツタンカーメン王の素晴らしい副葬品が古代美術の宝庫であるからと言えます。その遺品の一つに二尾の魚が回転するような形でえがかれたファイアンスの皿がありました。この皿につきましては、以前に漢漆絵魚文耳杯のところで詳しく述べました。

 世界中に魚は多種類生息し、繁栄してます。いわば人類と共に歩んできた重要な食料であるとともに、我々の先祖は宗教的な意味合いも考えるようになりました。たくさん孵化する様子から復活、再生、多産から豊かさを象徴する対象として死者の生まれ変わりを願う対象に変化してゆきました。また中国では魚の発音が「裕福」のユウと通じるとして豊かさのシンボル、「福」のシンボルとして重要な装飾文様として使われるようになりました。


今回の「李朝染付魚文四方小鉢」

 東洋には神秘的で高級な陶磁器に青磁があり、中国の北宋時代に完成しますが、私は青磁のグリーンブルーの色合いはエジプトのファイアンスの模倣から進化した色と考えてます。北宋の時代は統治システムが完成し、文化も最高潮に達した時代とされています。後にそうした工芸の技術が朝鮮半島の南端に伝わり高麗白磁や高麗青磁が出来てきます。


高麗白磁(蛇の目高台が特徴)

 もう一つの文化の伝播は中国磁州窯から長い時間かけて半島の付け根部分(会寧あたり)に伝わり、高麗青磁の技術は象眼に受け継がれ、磁州窯の技術は白土化粧、すなわち粉青沙器に影響を与え、掻き落としという新しい朝鮮王朝の焼き物に姿を変えていきます。会寧の藁灰釉薬の味わい深い鵜斑(うのふ)の掛かった作品が後の日本の唐津に影響を与えます。

 磁州窯→李朝粉青沙器→志野・鼠志野という系譜をたどります。

 陶器の上に白土を塗り、そこに釘の頭のような道具で引っ掻いて白土を掻き取ると鉄分の多い下地の土色が絵模様になって出てます。そこに長石釉を掛ける。鼠志野もまったく同じ製法ですが、志野の土は百草土にしても五斗蒔土にしても白い土ですから鶏龍山系やきものとちがい、白土化粧をする必要がなかったかので1工程省かれています。

 しかしそうした化粧作品の中に、まったく新しい磁器ができるようになります。正確にいいますと、磁器の完成は中国元時代の染付が世界最古とされますが、昨年、東京国立博物館で「三國志の世界展」がありまして、私も好きですから見に行きました。私にとって一番感心があったのは曹操高陵出土の白磁壺とされる副葬品で耳の付いた壺でした。これは世界最古クラスの白磁で、やや薄いグリーンがかかってます。銀化は見られなかったので灰釉系の焼き物と考えられます。この曹操高陵の出土壺も世界最古の白磁と考えて良いと思われます。しかし私の記憶では殷(商)時代とされる時代に灰釉か分かりませんが、白磁があると何かの本で読んだ記憶があります。とりあえずはこの曹操高陵出土の壺が灰釉なのか長石の釉薬なのかは今後の科学的分析が待たれます。


曹操高陵出土の白磁壺

 曹操が死んだのは漢時代末、西暦220年ですから、この白磁は極めて注目に値します。こうした白磁の歴史は極めて興味深いものがあります。

 私は今から25年前に鶏龍山窯跡に近い山を歩いていて、下記写真下の白磁陶片を見つけました。後に東京の骨董市で同じ肌合いの徳利を見つけ、求めました。比べてみるとまさにぴったり一致して、この徳利は李朝初期の鶏龍山の極めて珍しい徳利と確認できました。


李朝初期鶏龍山白磁徳利と陶片

 そうした白磁に呉須(酸化コバルト)の絵付けがなされ李朝染付が出来てきます。16世紀中期に染付が作られます。この後に秀吉による朝鮮侵略があり、多くの粉青沙器を焼いた窯は破壊され、陶工は連れ去られ壊滅しました。残された白磁製作陶工は難を逃れ、ソウル近郊の広州に白磁の原料であるカオリナイトを見つけ、それをもとに白磁生産に勤しみます。仏教に代わり、白を尊ぶ儒教が国の教えとして広がったこともあり、白磁はますます生産され、珍重されるようになります。白は宗教的に、染付磁器は貴族たちに大変好まれました。美しい呉須、酸化コバルトによる絵が上手な絵師により、のびのびと描かれました。線の美しい草花文です。さらに国王のため食事を用意する司饔院(しよういん)の食器を制作する窯場という意味から、司饔院分院と名付け、さらに短縮され「分院」といわれ珍重されるようになりました。

 本作は高台の底が本体より少し低いので、後期分院と考えられます。コバルトの発色も良く、飛び跳ねる魚も丁寧です。


李朝染付魚文小鉢

 もう一枚の小鉢の中央にかわいい小魚が飛び跳ねている作品は絵が大変簡略化していますが、筆の立つ絵師になるもので、筆致が冴えて、技量は本作を凌ぎますが、磁体のくすみ具合から分院ではないと思いますが、抜群にのびのびとした、上手い絵です。

 李朝染付には様々な作品があり、お店、露店で毎回楽しませていただいてます。みなさまも探して、座右の骨董として愛玩ください。


李朝染付山水魚文小鉢
掌(てのひら)の骨董
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