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知って得する鉄道旅行術

鉄道ライター/安城学園高校教諭
山盛 洋介

第 32回 「秘境駅」を訪れる旅

このところ、鉄道が脚光を浴びる中で静かなブームを呼んでいるのが「秘境駅」です。最初は10年ほど前に鉄道ファンの個人ホームページで紹介されたのがブームの始まりでしたが、書籍やDVDなども出版され、今では鉄道趣味の一つのジャンルとして確立してきています。

「秘境駅」というのは、人里離れた山の中や海辺などに位置し、利用客も僅かしかいない駅のことで、多くの駅が大自然に囲まれているのも特徴といえます。

そのような駅が脚光を浴びるから世の中面白いものですが、駅そのものの魅力はもちろん、駅周辺にある廃墟や遺構などによって秘境駅になった歴史的背景が見え隠れするなど、意外と奥の深い分野でもあります。

大井川鐵道井川線・尾盛駅

静岡県のほぼ中央、大井川をさかのぼるように走る大井川鐵道は、SL列車をはじめ、全国各地で走っていた車両が活躍していることで有名な鉄道です。しかし、それは大井川本線(金谷~千頭間)の話で、千頭の先、井川まで延びる井川線は、「ミニ列車」と称する小型の車両が運行される路線です。もともとは電力開発のために建設された鉄道が地元客への見返りとして旅客営業を開始したもので、人跡未踏の深い山間を走る区間も多く、トンネルや鉄橋の連続で、スリル満点の車窓が楽しめます。

その井川線にある尾盛駅は、線内でも屈指の秘境駅です。かつては、井川ダムの建設基地となったところで常住者もいたといいますが、今では人家はおろか、まともに歩けそうな道も皆無で、まさに行き場がない状況です。山に囲まれ、置き物のタヌキが寂しそうに列車を見送ります。ごく稀に、南アルプスへの登山者が利用することもあるそうですが、素人が下手に山へ分け入ろうものなら遭難しそうです。

ホームも低く細い簡素なものがある程度で、「こんなところで降りるのか」と他の乗客から好奇の眼で見られながら途中下車し、列車が去っていってしまうと辺りは完全な無人地帯。日常ではあり得ない環境に、好奇心と不安が半々の心境になるのも貴重な体験といえるでしょう。

なお、列車の本数が少ないので、プランニングは綿密にしておくことをお忘れなく。こんなところで一夜を明かすなんて・・・・・・筆者にはとてもできません。

JR飯田線・田本駅

豊川・天竜川に沿って三遠南信の奥深い山々を縫うように走るJR飯田線。愛知・静岡・長野の県境が連なる地域は、秘境駅の宝庫でもあります。

いくつものトンネルをくぐり、田本駅で途中下車してみます。駅自体がトンネルに挟まれたところにあり、ホームは断崖絶壁の真下。ホームの向かい側は天竜川に落ち込む急斜面と、秘境駅としての魅力にあふれています。

駅でずっと滞在していてもいいですが、せっかくですから周囲の散策に出かけてみたいもの。ホームの豊橋方に階段があり、これを上ると小道となります。すぐにY字に分岐しますが、左手の道をたどると、徒歩20分ほどで田本集落に到達します。ただし急勾配を登りますので、日頃運動不足の方はその覚悟で。田本集落には食事処や自動販売機もあり、秘境駅とは違った、人の気配にどこかホッとします。

先ほどのY字分岐を右手に行くと、緩やかに斜面を下りながら、天竜川に架かる河田橋にさしかかります。ここから眺める天竜川も絶景です。橋を渡り切り、さらに歩くと阿南町方面へ到達します。

最近はこのブームで訪れる人も多いようで、ホームの待合室に置いてあるノートには多くの人の書き込みが見られます。1冊文庫本を持って行き、この駅で読書を楽しむのも一興かもしれません。いずれにしても、大自然と向き合いながら、貴重な時間を持てるのは間違いないでしょう。

JR飯田線・小和田駅

もう一つ、飯田線からご紹介したいのが小和田駅。愛知・静岡・長野3県の県境に近い山中にある無人駅です。田本駅もそうですが、ここも自動車では到達できず、駅前に通るのは人が通れるだけの小道のみ。列車が去ってしまうと、静寂が周辺を支配します。

駅から斜面を降りていくと、天竜川の流れに接します。廃屋と化した製茶工場跡が、かつてはここに人の気配があったことを伺わせます。

今も、この小和田には、駅から徒歩15分ほどのところに1軒の民家が残ります。自動車の通行できる道路が通じていないため、郵便や新聞などは飯田線の電車によって配達されます。1時間ほど斜面を登ると天竜川林道に出て、数軒の民家がありますが、小和田駅周辺で現在も生活の営みがなされているのは、これがすべてです。

とはいえ、かつてはここにも集落がありました。しかし、佐久間ダム建設に伴い、次々と人々が去っていったという経緯があります。駅下の川沿いには、昔懐かしいミゼットの廃車体が転がっており、往時は車も通行できたということを無言のうちに物語ります。そうしたところからも、1つの駅の栄枯盛衰を感じることができ、秘境駅めぐりも奥の深いものとなることでしょう。

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敢えて、今回は各駅の写真を掲載しませんでした。それは、駅を降りた瞬間の「えっ?なぜこんなところに駅が?」という驚きを感じていただきたいということと、駅周辺を散策することで五感を使って大自然の魅力や駅のたたずまいを味わっていただきたいからです。このほかにも、全国には多くの秘境駅が存在します。旅の途中で、新鮮な驚きを体験してみてはいかがでしょうか。

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