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信天翁喫茶ワールド

信天翁(アホウドリ)喫茶主
医学博士 山中 直樹(宗直)

信天翁喫茶で自活力を育む!!・・3

茶の湯は自活力が下支えの歴史

喫茶・茶の湯文化は日常生活を総合的な生活文化として発展させた文化なのです。
ワビ・サビの茶の湯は足利義政将軍時代の15世紀後半の応仁・文明の乱の下克上と言われる戦争と不安の時代に始まっています。
戦争や社会的動乱は今までの武士中心の社会から京都や堺などの都市に町衆といわれるような新しい自活的生活者が生まれました。
商業や手工業者、下層の公家や武士などが台頭したのです。
中央集権的な権力や武力とは無縁な自由と平和、相手のいかんを問わず平等に扱う慈悲心、自由な一味同心の理想郷を求めたのです。
日本の中世の「無縁(ムエン)」、「公界(クカイ)」、「楽(ラク)」の自由な絶えず他者との人間関係を拡大し続けるような生き方をする遍歴者であった非農民の町衆・職人や芸能者などの平和集団が活躍したのです。
茶の湯者の代表としては村田珠光の後継者・宗珠らが現実的で多忙な市中生活にあっても、山村閑居、山間幽居といわれるような非日常空間へのやつした麁相の世界たる草庵での喫茶を楽しんだのです。

つまり、日常の現実的な空間から非日常空間に移って、自己を見つめたり、新しい「公界」、「楽」の人間関係を求めたのです。
武野紹鷗と千利休はその代表と言えます。
堺の皮屋でワビ・サビの喫茶の元祖となった連歌師・歌人で茶道具に竹材を導入したり、見立てを行った武野紹鷗。
魚屋の千利休は現在最古の草庵茶室と伝わる茶室空間が二畳と床の極小空間茶室の創作、楽焼や井戸茶碗など茶の湯に前衛的創造性を発起したのです。
唐物中心の舶来文化であった喫茶・茶の湯文化に茶碗などの和物の生活雑器を導入したり、竹の茶杓や花入などを用いて草庵の非日常空間での生きる喜びを求めたのです。
我が国の文化は箱庭や盆栽、枯山水の庭、桂離宮などの住環境に自然を身近に取り込んだミニチュア化の文化発展の伝統がありますが、草庵のワビ・サビ茶の湯文化も最小限の衣食住、アートを含む生活を総合化したミニチュア化生活文化なのです。
人間が社会的な人間関係も含めて如何様に生きるかの生活文化のミニチュア文化であり、常に、余分、過剰なものを削ぎ落して必要不可欠を求めて発展し続けなければなりません。
そのためには一人一人が閉鎖性や既視感にとらわれない自活力ある必要不可欠を求めた美意識、心のイケメン・豊かさの発揮が下支えのキーとなっているのです。

信天翁喫茶ワールド
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