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シリーズ 骨董をもう少し深く楽しみましょう

日本骨董学院・学院長
東洋陶磁学会・会員
日本古美術保存協会・専務理事 細矢 隆男

伊万里磁器の原点 泉山を訪ねる

◎伊万里磁器草創の謎

 江戸時代におけるやきものの最大のインパクトは、何といっても伊万里磁器の出現でしょう。磁器とは何か、という問いにどう答えるかですが、日本の大半のやきものが土物といわれるように、粘土を原料としているのに対し、磁器は石、石灰石に似た石を砕いた粉末を原料としたカオリンという素材からできています。それではそれはいつ頃から作られるようになったのでしょうか?

 よく調べてみると、日本初の磁器である初期伊万里の焼成がいつから開始されたかは、確実な資料がないため、明確に答えることができず、推測の域を脱ません。
 しかし、次のようなヒントはあります。

  • 唐津やきとの関係。唐津の初現は1580年ころとされています。初期伊万里を焼いた陶工の代表は、秀吉の朝鮮出兵(文禄の役1592年・慶長の役1597年)のおりに日本に連れてこられた李三平とされていますが、岸岳系(前回述べた)のやきものを焼いていた集団が、後に西有田に流入したといわれること。
  • 1615年(元和元年)の大阪夏の陣のおりに消失した大阪城の発掘調査によると、多くの出土した作品の中に初期伊万里がなかったこと。
  • 伊万里の原料である磁石が1616年(元和2年)に泉山で発見されていること。(金ヶ江家文書)
  • しかし泉山だけが磁器の原料を供給する場でなかったこと。

 1から3を検討すると、1615年の段階では初期伊万里は流通してなかったことになります。ところが、元和2年(1616年)に泉山で磁器の原料である磁石が発見されたといわれていますが、泉山だけが磁器の原料を供給する場ではないことを考えれば、これをもって草創と考えることも難しいでしょう。
 現時点では唐津やきの砂目高台との関連から1610年代の初めの段階でかなりのレベルの高い試作品ができていたとする説が有力です。一応1610年代初頭から1616年あたりが草創期伊万里の誕生とみるのが妥当でしょう。

◎古染付で高額な茶道具にかけた鍋島藩のお家事情

 初期伊万里の文様や絵柄の見本は中国の古染付にあります。古染付とは中国明時代(17世紀前半)に景徳鎮の、主として民窯(みんよう)で焼かれた染付磁器を指し、中国で焼かれたものと、日本の茶人の注文で焼かれた品があります。なぜ日本の茶人が注文したかといいますと、茶の湯全盛期である桃山時代の茶人たちがめずらしい景徳鎮の磁器に注目して、磁器という新しさ、またその雅味と希少性などに価値を見いだし、それが高額に取引され、使用されていたのです。
 そうした情報が伊万里にも伝わり、古染付に似た高額製品を作る大きな動機になったと考えられます。その証拠に、この時期の伊万里製品には茶道具関係の作品が多く見られます。さらに東南アジアからスワトウという一連の磁器も輸入され、これらも初期伊万里に強く影響を与えたと考えられます。
 時の権力者や富豪である商人たちの間に流行った茶道で使われるやきものは、当然のことながら高額で取引され、これがうまく流通されれば莫大な経済効果が期待される訳です。

 当時の鍋島藩は関ヶ原で敗戦して、外様大名になっており、いつ所領を没収されるかわからない不安に絶えずさらされていたのです。さらに関ヶ原の敗戦のあと、経済的にどん底の状態にあった鍋島藩にとって、自国の産業が大きく育ってくれることは税収確保という面からも非常に重要な問題だったのです。そうした意味でも李三平たちによる磁石の発見は鍋島藩にとってきわめて幸運なことといわねばなりません。
 初期伊万里の目指すところが中国陶磁器の古染付の摸倣による高額な茶道具制作にあったことは明らかですし、その売り上げに藩が期待したことも自然の成り行きです。
 その後、初期伊万里の様式に中国の色絵の技術、緑、赤、藍などを使った五彩手といわれる古九谷が出現します。これは中国の明末の万暦赤絵の影響と思われます。
 さらに緑釉を全面に掛けた青手古九谷と呼ばれる一連の作品は、それまで茶の世界で高額な作品を焼いていた美濃の織部作品をヒントに制作したのではないかと考えられます。吸坂とよばれる一連の伊万里作品も、美濃の鉄釉作品に酷似しており、これらも美濃の茶道具の摸倣と私は考えています。ここに経済性重視の鍋島藩の裏事情が見え隠れします。以後、この経済性重視の方向は伊万里磁器行政の基本的方針となることに注目したいと思います。


泉山の陶磁器原料採取場

現代の今泉今右衛門陶房での制作風景

製品を船に積み込み、世界に船出した旧伊万里津(伊万里港)

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