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シリーズ 骨董をもう少し深く楽しみましょう

日本骨董学院・学院長
東洋陶磁学会・会員
日本古美術保存協会・専務理事 細矢 隆男

縄文土器と蛇信仰

前回は縄文土器の概要と鑑定方法につきましてお話させていただきました。今回は縄文土器の制作のバックボーンをなした、蛇という概念につきまして考えてみたいと思います。

縄文土器は世界最古の土器であるということは前回にお話いたしました。多くの縄文土器にはうねるような文様や縄をすりつけた文様、すなはち縄文といわれるゆえんですが、それでは何故縄目が摺り込まれているのでしょうか。

法政大学の吉野裕子先生は著書の「蛇」で、よじれた縄そのものは蛇の交尾の姿からきており、神社の注連縄(しめなわ)がその端的な姿を現すといいました。蛇は古来より山の神の使いで神話にも登場しますし、広くヨーロッパにも水の神、すなはち治水の神として登場します。同じ治水の神としては、中国長江上流の三星堆遺跡からも巨大な蛇の青銅器が出土しています。蛇は水陸両用ですし、とぐろを巻けば跳ぶ事もできます。不思議な動物と見られていたのでしょう。エジプトのファラオのシンボルはコブラと鷲ですが、コブラは人間でも、大きな動物でも毒の一撃で倒します。小さいが恐ろしい動物です。

そのため恐れが畏れになり、次第に神の座を獲得していったと考えられます。その蛇の交尾は8時間とか9時間続くといわれ、それ故に古来からそのスタミナは驚異の目で見られてきたようです。マムシ・ドリンクなどはそうした蛇の驚異的なスタミナに由来すると考えられます。

またギリシャやローマでも蛇は神話にもたくさん登場しますし、女神像や石彫にも多くの蛇が巻き付いた姿で登場します。また蛇は医学のシンボルでもあり、現在でも医科大学の校章のデザインに蛇は登場します。

東京の上智大学は英語ではsophia-universityですが、ソフィアは上智すなはち叡智を表します。この上智大学の校章に蛇が登場します。このように古代社会では蛇は神格化された動物だったのです。

上 交尾する蛇
下 神社の注連縄(しめなわ)

こうした流れをいち早く取り入れたのが縄文土器であったかもしれません。そのうねるような文様は、土器に執拗に表現され、あたかも神の降臨を願っているかのようにも思えます。


蛇を思わせる縄文土器の数々
真ん中の土器はやはり蛇の交尾を表現している。

縄文深鉢の目のような穴

さらに蛇の頭部は男性の性的シンボルにも似ており、土俗的信仰の対象にも発展した可能性も否定できません。

また縄文人達は土器をつくり出すことにより、飛躍的な料理方法を獲得したといわれます。前回のお話の中で、國學院大學の小林達雄先生は、縄文土器はすべて使われたと言われたと書きましたが、土器の使用による煮炊きが縄文人の食生活を豊かにして、その栄養摂取量はそれ以前とは比べようもなく向上したと思われます。いわゆる、何でも栄養のあるものを入れるチャンコ鍋ですから、当然骨格もガッチリしてきます。元気になればセックスも盛んになり、性に対する関心も高くなり、それが信仰の対象にもなってゆきます。

古来から人間の願望の3大要素は「豊かになること(金持ち)、長生きすること、子孫が繁栄(子だくさん)すること」この3つなのです。当時は医学などありませんし、子供は生まれるとすぐ死んだりしました。平均年齢も30歳ほどであったともいわれ、母親も産後の不衛生などで命を落とすことが多く、推定ですが30%はお産で亡くなったといわれています。ですから死ぬ者も多く、従って死後の復活を願う儀式がひんぱんに行われていたことも推測されます。私は石棒という男性のシンボルの形をした石器や女性のシンボルなどの形の土器は、そうした性器の結合儀式に使われたものであると思います。何千年も立ち続けてきた、長野県佐久市の2メートル23センチの巨大な石棒や、縄文時代前期から中期の遺跡といわれる秋田県上ノ山遺跡から出土するおびただしい石棒は多産(再生)・豊饒の儀式があったとしか考えられません。後世の朝鮮半島の新羅土器の肩にはセックスする男女の姿が数組付いているものがあります。それらは副葬品として権力者の墓に埋葬されたものですから、やはり再生・復活という考えのもとに埋められたものとしか考えられません。

またバケツのような形の縄文深鉢土器に子供が頭を下に、逆さにされて埋葬された事例が多くあります。それらはまさに母親の胎内にいるときの姿であり、土器は子宮を思わせます。底に丸く穴が開けられているあたりは産道をイメージさせます。その深鉢が家の入り口付近に埋葬される。またこの家に生まれてきて欲しい、こんな願いをこめて埋葬したのでしょう。

一方、再生を願う時には動物に仮託する事例が世界のいたるところで見られます。たとえば、中国の埋葬事例では、死者の口に石製の蝉を含ませる儀式があります。石も永遠の命を持ちますが、蝉は抜け殻を捨てて新しい命を獲得する再生のシンボルに他なりません。同じように蛇や蝶も古い殻を脱ぎ捨てて、新しい命を与えられる生物と考えられました。カエルも何回も変身する不思議な動物と考えられたし、蜻蛉も変身します。蜻蛉は日本の中世では再生とともに「勝虫」と呼ばれ、縁起のいい虫として崇められ、兜の前立てとしても使われてきました。その背後に再生や輪廻、復活という意味もあったでしょう。ともに縄文土器の文様にもなっています。

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