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インターネット公開文化講座

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シリーズ 骨董をもう少し深く楽しみましょう

日本骨董学院・学院長
東洋陶磁学会・会員
日本古美術保存協会・専務理事 細矢 隆男

縄文土器と性信仰 土偶と石棒

前回では蛇信仰とそのルーツ、意味について考察いたしました。
性の問題と再生、復活、その延長線にある葬送について考えました。現在の「古代文明の条件」はガラス工芸であるといわれています。
確かにエジプト、メソポタミア、インダス、黄河の世界の四大文明はいずれも古代ガラスの始まりを示しています。
前にも書きましたが、縄文時代の始まりは、今から13000年から14000年といわれています。

そうしますとヨーロッパ世界でも一番古い文明といわれるメソポタミア北部のハッスーナ期で紀元前6000年、今から8000年前といわれます。
それと比較しますと日本の縄文時代の始まりはメソポタミア文明より遥かに古い訳ですが、縄文時代には残念ながらガラスがありませんでした。
ただガラスのビーズ玉一つが縄文最後期の遺跡から見つかっていますが、それは大陸の製作になるビーズで、縄文人が作ったガラスではないということがわかっています。
ガラスを製作した工房跡とか、ガラスを溶かした坩堝などが発見されれば製作を立証できますが発見されていません。
そのため世界最古の土器を製作した縄文は世界の5大文明という形ではそれらに名を連ねることができませんでした。

しかし縄文は世界最古クラスの漆製品を製作しました。女性の櫛や土器に塗られた漆製品の出土事例はかなりあります。
女性は出産で30%は亡くなったと推定されると前回書きました。それらの多くは今では帝王切開手術で助かる場合が多かったのではと推測されます。
難産で産み落とせない苦しみとそれに続く母子の死は、周囲の人たちにどれほどの深い悲しみと恐怖をもたらしたでしょうか。
かつて哀れに思った人たちはそうした女性の腹を割き、子どもを取り出し女性の腕の中に抱かせて共に葬送したと話すアイヌの古老から、歴史家の梅原猛氏は大きなひらめきを得たといいます。縄文土偶の腹に縫ったような跡のある土偶が多いことを不思議に思っていた氏の疑問をその古老の話が一挙に解決してくれたからです。
文字のない時代の研究の限界というものは考古学にはつきものです。
しかし仮説をたてることで、今までの疑問が解けるのであれば、その仮説は真実なのではないか。そうした考え方もまたあるわけです。

お釈迦様は人間の欲望(煩悩)は108つあるとされました。それをなくすことが人間がお互いに平和に暮らす要件であるともいわれました。
確かにそうであると思います。しかし欲望は人間活動の原点であり、食欲も、性欲も、所有欲もなければ人間の存在そのものが成立しなくなり、従って文明も成り立たないことになります。文明の成立、文化の発展に欲望は重要なファクターです。
我々も欲があるから仕事でも頑張れる、勉強もする、恋いもし、子供も生まれる訳です。
性欲は人間の根源的欲望というより自然な本能であり、どのような動物でもこれがなければ種の保存が出来ません。
民俗学者の千葉徳爾氏の研究によると、青年期の男子が自分の性器を山に向かって露出して、山の神に捧げるという狩猟、漁労社会の風習が現代にも残っているといいます。
なぜ性器を山に捧げるのか。それは山が豊饒と自然崇拝のシンボルであり、食料すべての源でもあり、神々の住む崇高な場所であると考えられるからです。
結婚した女性はかつて「山の神」といわれましたが、その「山の神」に男性が性器を捧げる儀式はまさに生殖の儀式であり、豊饒の儀式でもあったのです。

前回延べた多く残されているそうした土器や石製品によっても、原始の時代から男性器・女性器の結合の儀式があったことは明白です。
生物の性の不思議、人間は生まれ、育ち、成人し、子を残しやがて老いて死をを迎える。
そうした生命の不思議な輪廻。私は縄文時代人のエネルギーの源は、土器の使用による食事の改善、煮炊きによる栄養価の高い食事、これに大きく依存していると考えています。
縄文人たちの素直な観察に基づく豊饒と性行為と性の喜び,歓喜。それがエネルギーとして残されたかれらの遺物に表現されていると思います。

洋画家の岡本太郎は「芸術は爆発だ」といいました。かれは深く縄文芸術のエネルギーあふれる造形にのめり込み、それを自分の芸術の原点ととらえました。
ありあまる若さとしてのエネルギーの爆発そのものが芸術の出発点であるととらえたのです。そうしたエネルギーこそが性、多産、豊饒と結びつき、土俗信仰としての性器信仰につながるのだと思います。
日本の農耕社会の中に、巨大な男根、女陰が祀られているのをご覧になられることがよくあると思います。石棒とその信仰がそうした土俗信仰と連動して、脈々と現代にも生きているのです。


ハート形土偶
苦しみのあまり目を大きく見開いたハート形土偶の独特の表情。群馬県吾妻町出土

縄文土器に表現された性の結合
埼玉県行田市出土
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