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インターネット公開文化講座

文化講座

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シリーズ 骨董をもう少し深く楽しみましょう

日本骨董学院・学院長
東洋陶磁学会・会員
日本古美術保存協会・専務理事 細矢 隆男

国宝・新薬師寺 塑像十二神将像を訪ねる

 最近JRが盛んに新薬師寺の宣伝をしておりますが、私はもう10年このかた新薬師寺を皆さんに推薦してます。なぜ推薦するかといいますと、お寺とその周辺そのものの雰囲気が、遥か昔の面影を残していることと、仏像、特に塑像の十二神将像が姿、動作、表情などがすばぬけて素晴らしいからです。
 塑像とは木の台座に心棒を立て、そこに荒縄を巻き、荒めの土で概形を作り、細部の表情、衣紋は細かい土で仕上げ、そこに彩色するという仏像のもっともシンプルな作り方なのです。この作り方で有名な仏像は法隆寺五重塔一層目の国宝塑像涅槃像群です。また東大寺三月堂国宝群である日光・月光菩薩像、神像群、戒壇院の四天王像や当麻寺の弥勒菩薩像ならびに四天王像があります。いずれにしても白鳳時代から天平時代にかけての名品揃いです。

 仏像の写真は著作権で守られておりますので、新薬師寺のホームページでご覧下さい。

 今回ご紹介する新薬師寺は聖武天皇(701~756)の后である光明皇后が聖武の病気平癒を願って建立したと伝えられています。その証拠に最近周辺が発掘調査され、東大寺より大きな基壇をもつ遺構が確認されました。戦禍で大半の堂塔が消失し、いまある小堂のみが焼け残ったと伝えられています。

 このお寺を皆さんに観ていただきたい理由の一つに、観光客が非常に少ない点があります。このお寺少し不便で、観光バスも道が狭く入りにくく、いわば観光ルートからはずされている感じなのです。ですからこの天平時代の傑作をじっくり鑑賞出来るし、帰りに周辺の築地塀を楽しみながら、もう一つのお寺、白毫寺を訪れることができることも魅力です。またここから春日大社の原生林を貫く魅力ある古道を歩くのも楽しみです。

 さてこの新薬師寺のメインは何と言っても国宝・塑像十二神将像でしょう。本尊は鎌倉時代の薬師如来像ですが、この薬師様がとても眼の大きな仏様で、ガッチリした仏様です。その本尊を十二神将が囲んでお守りしています。

宮毘羅大将 くびらKumbhira クンビーラ 亥神
伐折羅大将 ばさら Vajra ヴァジラ 戌神
迷企羅大将 めきら Mihira ミヒラ 酉神
安底羅大将 あんていら Aṇḍira アンディーラ  申神
頞儞羅大将 あじら あにら Anila アニラ マジラ キリク 未神
珊底羅大将 さんていら Saṇḍila シャンディラ サンティラ タラク 午神
因達羅大将 いんだら Indra インドラ 巳神
波夷羅大将 はいら Pajra パジラ 辰神
摩虎羅大将 まこら Mahoraga マホラガ卯神
真達羅大将 しんだら Kinnara キンナラ 寅神
招杜羅大将 しゃとら しょうとら Catura チャトゥラ 丑神
毘羯羅大将 びから Vikarala ヴィカラーラ 子神

 こうして 書きますととても難しくなりますが、十二の方位、子丑寅の十二の方位を守る神将たちなのです。最近コンピューターグラフィックスで創建当時の色彩が再現され、私も参拝の折りにお堂の中で映写していたDVDをみせていただきましたが、極彩色の服装で驚きました。これも是非観ていただきたいものの一つです。中国や韓国の古い仏像は現代において新しく色彩が塗られたケースが多いですが、再現された極彩色の仏像より、日本のように自然に退色している自然な姿の方がずっとすばらしいいし、時代を経た信仰心と風土と歴史、いわば経てきた年輪というものが感じられる点で本当に美しいと思います。
 これらの十二神将の中でも、もっとも有名なのは伐折羅大将( ばさらたいしょう) Vajra ヴァジラ 戌神で、その憤怒のお姿は迫力に満ちています。毛は逆立ち、口からは火炎のような怒りを吐いているように見受けられます。
 もともと神将は仏像の分類の中では天部という部類に属し、釈迦をはじめとした如来、菩薩、明王を外敵から守護する役目の仏様たちです。憤怒相は敵対する異教徒たちに対する憤怒、すなはち怒りです。四天王のように「天」とつく名前はすべてこうした如来、菩薩、明王を守護する役割の仏様たちです。仏教が成立する以前にインドで根強く信仰されていたバラモン教やその後のヒンズー教の神々が仏教に取り入れられ、仏法を守護する護法神化したもので、日本では四天王、梵天、帝釈天、金剛力士 、弁財天、吉祥天などがその代表的な仏たちです。また興福寺の有名な阿修羅に代表される八部衆もこうした天部の一種です。

 私はこうした白鳳から天平時代の塑像が好きで、これらのお寺で何度となく拝観させていただいておりますが、この新薬師寺では落ち着いてこれら十二神将に会うことができます。それらは千数百年を経ているため、色彩はほどんとなくなり、白土が露出した荒れた肌を見せています。ご住職によれば、同じ時代のこれらの仏さんたちはいつ壊れてもおかしくない状態であり、逆に今まで立ち尽くしてきたということに私は畏敬の念を禁じ得ません。当時の支配者である聖武天皇や光明皇后の仏教に対する真摯な思いと、その信仰を表現した仏師たちの意欲がひしひしと伝わってきます。
 古美術のすばらしさを体験するには、まさにこうした作品に直接に対峙することによって、やはり直に感じる生々しい感覚が必要なのでしょう。決して写真やコピーでは体験出来ない、時代を超えた本物のもつ神聖な部分が我々に何かを訴えてきてくれるのであると思っています。そのためには静かであることが大事だと私は思います。そういう点で新薬師寺は最適のお寺です。
 いつしか私は大好きな十二神将に再会を念じつつ、白毫寺のひなびた築地塀を横目に周辺の古道を歩き、春日大社の深遠なる原生林に入り、古き神々の奥深い懐に入り込んでいました。京都にはない、奈良独自の貴重な世界がここには残されています。


新薬師寺

春日大社に向かう古道

古道のおもかげ

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