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日本骨董学院・学院長
東洋陶磁学会・会員
日本古美術保存協会・専務理事 細矢 隆男

李朝白磁の誕生と衰退

 今回は朝鮮陶磁器の中でも地肌の美しさ、フォルムの爽やかさから人気の高い「李朝白磁」についてお話しいたします。白磁の歴史は私の知る限りでは中国の王朝、北斎(550年から577年)にその類例が見られ、唐時代にほぼその技術は発展した形を示します。もともと白磁とは、白い土に透明な釉薬をかけたものをいいます。しかし優れた陶土であっても、それは必ずしも白くなく、中には鉄分などが多く、焼くと灰色や茶色になる土も多くあります。そこで白い土を水に溶かして、器体にかけた化粧がけや、刷毛で白土を塗った後に透明な釉薬をかけるやきものが出現します。こうした白土をエンゴベイともいいます。唐の白磁にはこうした作品が多くみられます。
 朝鮮半島においても、黒い焼きものが三国、新羅時代の中心をなし、それらは日本に伝わり「須恵器」に発展します。しかし黒い焼きものは基本的にお墓の副葬品として使われることが多く、貴族たちは次第により美しい色のやきものを求めるようになっていきました。それが色絵と白磁に大きく分かれていきます。色の作品もきれいで、人々の目を楽しませてくれましたが、人々の目は次第により高度な色合いと姿を求めるようになり、白の持つ高貴さ、純白な清楚さ、高潔さに惹かれるようになりました。
 朝鮮半島では古くから仏教がその宗教的世界の主流をなしていましたが、13世紀後半から14世紀初めに儒教(朱子学)が伝来し、次第に広がりを見せました。それにともない清楚さ、潔癖さ、純粋さをイメージする白が宗教的にも重要視されるようになり、白磁の隆盛をみるようになります。1392年の李成桂による朝鮮王朝(李朝)の成立以後、ハングルが創製されたり、白磁が国王の御器に指定され、15世紀になると白磁の一般使用が禁止され、1500年のはじめには朝鮮朱子学(儒教)が確立されます。高潔、高邁な人格を求められ、そうした象徴の白が彼らの生活の場にも持ち込まれ、白磁の隆盛を見ます。この頃に花を咲かせるのが李朝白磁ということになります。白い清楚な美しい姿のやきものが登場します。私も李朝白磁のもつ、やさしい慈愛にみちた白の作品が好きで集めています。それらの名品はソウルに近い広州を中心に焼かれていて、大きく分けると朝鮮半島中央部の鶏龍山から広州道馬里(とまり)窯に至る初期白磁。中期の金沙里(くむさり。きんさり、きむさりともいう)窯、後期から晩期の分院里(ぶんいんり。現地ではプノンり)窯に分類できると思います。王様の食事を司る部署を司饔院(しよういん)といい、その食事に使う白磁のやきものを焼かせた部署をその司饔院の分院ということからそれらの高級白磁を総称して「分院」と呼ぶようになりました。

 その白磁の簡単な歴史をみてみましょう。

 鶏龍山時代の白磁(14世紀後半から16世紀後半頃)いわゆる李朝初期白磁。素朴な半陶半磁土にエンゴベイ掛けの白磁の発展形が多い。豊臣秀吉の朝鮮出兵で陶工が連れ去られ、大きな打撃を受ける。残った白磁陶工は磁器の原石を求めて広州に移る。

 道馬里(1470年から90年以降)このころ白磁に青画すなはち呉須(酸化コバルト)をもちいた絵が描かれはじめた。道馬里では優れた白磁作品が焼かれたが、数が少なく貴重。

 金沙里(1701年から1750年ころ)道馬里で完成度の高い白磁を焼いていた技術が金沙里に引き継がれて、1700年を境に、灰白色の白磁が急速に乳白色に変化する。朝鮮文化の最盛期で、農業、貨幣経済の隆盛をみた時期。白磁のすぐれた作品がこのころに多く制作された。

 分院里(1752年から1883年に王朝の衰退化にともなって民営化される)1752年に金沙里から窯が移転され、安定した王朝の磁器を焼成。名品が多い。1910年、日本の併合により、李朝滅亡。民間に焼きものの技術が継承され現代に至る。

 いってみれば李朝全体を貫いているこの白磁の歴史は、朝鮮王朝とその宗教(儒教)、思想と切り離せないものであったということができる。王朝のやきものであったが故に、白磁はより洗練度を増し、その高貴さ、優雅さ、清楚さを完成の域に達せしめたということができる。

 李朝白磁の全体的な特徴は、底が厚いことである。その理由は器形の焼成安定化と使用時に中に入れた食品が冷めない為の工夫であると思われる。特に王様の食器である分院の作品は重いのが特徴。また高台の中が深くえぐられているのも高級な作品の特徴である。(写真参考)

 韓国、ソウルの国立中央博物館には朝鮮陶磁器の歴史が一目でわかる展示がなされていますのでお勧めです。その陳列では形、色、絵の特徴をつかむようにするといいでしょう。東京では国立博物館の東洋館(平成23年現在改修中)にその歴史をたどることができます。また出光美術館の資料室にも発掘品の展示があります。愛知県陶磁資料館にも展示がなされていますので、是非御覧いただきたいと思います。日本骨董学院の生徒さんの多くは李朝陶磁器の好きな方が多いので、時々窯跡をめぐり、博物館で名品を見て、骨董店で求めるというツアーをやっています。その折りの写真も一部掲載します。是非韓国のやきものを楽しんでいただきたいと思います。


三点写真
右:道馬里窯作品と推定される白磁壺 中:面取長頸瓶 左:分院里作品の鉢

分院里作品の鉢の高台。
中が外側に比べ深めにえぐられている。

金沙里窯跡
唐辛子畑に散乱する美しい陶片。

皆さんと旅した分院里・白磁美術館の展示スペース

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