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インターネット公開文化講座

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骨董なんでも相談室

日本骨董学院・学院長
東洋陶磁学会・会員
日本古美術保存協会・専務理事 細矢 隆男

骨董なんでも相談室 3回目 「古美術の勉強はどのようにしたらいいのですか?」

 これもよく受ける相談です。古美術・骨董を勉強するにはどういう方法がいいかという問いです。骨董・古美術は受験勉強ではないので、あまり固く考えなくても問題はありません。肩の力を抜いて、気軽に楽しんでください。これはおもしろそうだなと思ったら少し関連の本など読んでいただく、そんなことからでも勉強への足掛かりができます。


横浜・産業貿易ホール骨董市(屋内)風景

 たとえば私は昔から「現場主義」ですから、伊万里を勉強したいと思ったら現地を訪れます。伊万里焼が誕生した有田の地に実際に出かけてみる。旅行が好きなのでちょうどいいわけです。玄界灘で獲れた地方の美味しい魚をいただき、温泉にも入れます。勉強以外にこうした楽しみを見つけることも大切だと思います。伊万里の作品の背景にある歴史を勉強して、いろいろな窯場に足を運び、地元の博物館、美術館も見学します。
 それから同好会なども勉強になります。私は高校時代に財団法人刀剣博物館の鑑定会に参加しました。そこで実際の名刀を鑑賞して、先生の解説を聴き、鑑定の方法を学ぶことができました。そのきっかけは、東京上野の国立博物館で刀に出会い、「なんと美しいのだろう」と感動したことです。すぐにインフォメーションの女性に「刀を勉強するにはどうしたらよいのですか?」と尋ねました。すると彼女は電話で学芸員さんを呼んでくれたのです。「代々木の刀剣博物館で月1回鑑定会と勉強会を開催しているから行ってみなさい」と学芸員さんが丁寧に教えてくれたので、そこで学生会員に登録してもらい、勉強会に通うようになりました。学生だった私にとって、その会は父親というか、お爺さんの集まりみたいな感じでしたが、呼び入れられて指導が始まったのです。私も怖いもの知らずでしたが、同好会、勉強会など、これだと感じたら思い切って飛び込んでみるものです。意気込みも大切です。叩けば門は開かれるという諺がありますが、まさにこれです。気おくれしても、思い切ってやってみてください。私にはそれが古美術との初めての出会いであり、また古美術・骨董の勉強の始まりでした。あらゆる古美術・骨董の人脈はそこからすべて生まれてきました。以来46年経ちますが、未だ道遠しです。まあ終わりはないだろうと思います。次から次へと学びたいことが出てきます。


名古屋・大須観音骨董市風景

 一つの対象・事柄に限定せずに「自由に楽しく」をモットーに勉強することも重要なことです。リラックスして、珈琲でも飲みながら本を読んだり、美術書を読んだりして楽しみながら勉強してください。何か興味をもてたらそちらにシフトして勉強する。私の勉強方法は常に「不定でいいかげん」が特徴なのです。ただ一つだけ自慢できたことは「続ける」ということです。「継続は力なり」は本当です。18歳から今まで続けてきたこと、これが私の唯一の誇れることかもしれません。ですからまた学生時代に学んだ刀剣や武具に興味が戻ることも、六古窯の渥美の壺作品の魅力に再会することもあるし、珠洲にまた戻ったり、といった具合です。「不定でいいかげん」な自分ですが、しかしその対象である作品の美しさをさらに探求しているつもりです。歴史的にも研究を深めているし、当然、物への見方、美への見方は深化していると自分なりに確信しています。


後鳥羽上皇の肖像

 もう一つ、私の経験から例をあげてみます。前述のように刀の研究を18歳から続けているので、以前から後鳥羽上皇の流刑地である隠岐の島に出かけてみたいと思っていました。後鳥羽上皇は英邁な君主で、武を奨励して刀剣を自ら制作してそれを部下に与え、武の気持ちを鼓舞しました。彼の作品は今も大切に保存され、「菊御作」として国宝、重要文化財に指定されています。すばらしい名刀の数々で、鑑定会などではたびたび拝見しました。一度は自分の手元に置いてじっくり拝見したいと思っていますが、それはなかなか難しいようです。いずれその機会が来ることを祈るのみです。
 後鳥羽上皇は承久の乱に敗れて隠岐の島に流された後も島で鍛刀を続け、来るべき再起を期したのですが、志半ばで亡くなりました。私は「現場主義」と前に書きましたが、機が熟するとすぐに行動する性格なので、所属していた「日本旅行作家協会」の例会で古代史のふるさと、鳥取・島根を旅した折に、ちょうど良い機会と、有名なワインのソムリエの木村克己氏とともに隠岐の島を旅しました。木村氏は日本酒のソムリエでもあるので地元の造り酒屋を訪ねられたり、私も貴重な経験をさせてもらいましたが、私の鎌倉時代の後鳥羽上皇の鍛刀場探しに「これはおもしろい」と協力してくれてやっと探し当てました。それは配流所である御所から少し離れた山に連なる谷合の一軒のお宅の裏でした。そこには鎌倉時代のやぐら風の穴が穿たれていました。手前にはぼろぼろに打ち捨てられた刀の神として ふいごを祀られていたという朽ちた祠がありました。その岩を穿った穴は道具や「たたら製法」で精製された玉鋼を保存する洞窟だったのだと推測されます。そうした経験で、後鳥羽上皇と上皇の鍛刀を手伝った御番鍛冶が今でいう国宝の刀を鍛えた場所が特定できました。その場所に立つと、刀を鍛える後鳥羽上皇の御姿が彷彿としてきました。(このインターネット連載で2010年に「骨董をもう少し深く楽しみましょう」の「後鳥羽上皇と刀剣・菊御作の誕生」で詳細に書きましたので、そちらもよろしければ是非お読みください)


後鳥羽上皇の鍛刀場らしく、手で削った石版などが散乱している


柱の礎石らしきものと左に洞窟が見える

 このように興味をもって旅すると印象深いものになり、決して忘れることはなくなるものです。興味もまた新たに増してゆきます。またその地を歩くと違った世界に巡り合うこともあります。
 忙しくてやれないとか、行けないというのは自分に対する「できない」という口実です。本当にやりたいことはできます。そのやりたいことを増やしてください。そうすれば世の中がどれほど不況でも楽しく人生が過ごせます。ある意味で楽天的に楽しみましょう。
 歴史の年号を覚えることも大切ですが、私にはその年号の背後で、誰が何をされ、何をどのように作ったかを知ることの方がはるかに楽しいことなのです。
 やりたいことを素直に、楽しく学ぶ。決して無理をしない、これがやはり継続できる勉強のポイント、秘訣であると確信していますし、みなさんに推薦いたします。


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