文化講座
西洋アンティーク紀行 第7回 ベルギーの骨董街
前回は、大英博物館について書きましたが、ロンドンにはナショナル・ギャラリーなど他にも素晴らしい博物館や美術館がたくさんあるので、毎回訪れる度に時間が足りなくなります。元々好きなロンドンだけに、すっかり居心地が良くなり、もっと滞在したい気分でしたが、ブリュッセル行の列車の切符を買ってあったので、予定どおり、早起きしてキングスクロス・セント・パンクラス駅に向かいました。
「セント・パンクラス駅St. Pancrasから旅に出る人々」
ロンドンの主要ターミナルの一つですが、キングスクロスは国内の移動用で、国際列車はセント・パンクラスから出ています。国外に出るのですから、出国審査はもちろん、特に海底トンネルを通過するので荷物検査は厳重そのものです。そして、ヨーロッパでの列車の旅につきものの、出発間際までどのホームから自分の乗る列車が出るのか掲示板に表示されないというイライラを乗り越え、高速列車・ユーロスターのシートに腰を落ち着けてホッとすること約2時間、ブリュッセルの南駅に到着しました。
ベルギーといえばレースやチョコレート、ビール等が有名ですが、今回も骨董市の掘り出しものが楽しみです。少しお腹がすいていたので、駅でバゲットのサンドイッチとコーヒーをとると、これが予想外の美味しさでした。さすがブリュッセルはフランス文化の香り高い街ですが、こうした軽食スタンドでもレベルが高く、かつて訪れたパリより美味しいのではないかと思いました。
「1895年創業のホテル・メトロポールHotel Metropole」
街の中心部にあるホテル・メトロポールのフレンチ・ルネッサンス様式の玄関ホールを抜けると、エンパイヤ・スタイルの受付が待っています。美しいステンドグラスを通した光が、重厚な内装を柔らかく照らし、初めて来たのにどこか懐かしい場所に戻って来たような気持ちになりました。元々は1890年にビール醸造所を経営する兄弟が自社ビールを提供するビア・カフェを開いたところ、大変繁盛したそうです。そこで、隣接の銀行を買い取り、その建物を改装したのが1895年に創業のこのホテルです。銀行の取引カウンターがそのまま受付カウンターとして利用されているのも粋です。フランス人建築家により当時の最高の技術と材料を集結し、ブリュッセル随一のホテルとして国際会議や著名人も集まる社交場として愛されたようです。まるで時が止まったような不思議な場所です。チェックインの際にアップグレードしてくれた部屋はアールヌーボー様式の優美な内装です。広々としたバスルームを覆う大理石の可愛いアンモナイト等の化石の断面が楽しいです。
ロンドンを去るのを惜しんでいたことも忘れ、ベルギーの魅力に早くも引き込まれてしまいました。早速、街にくり出そうと廊下を歩いていると、創建時のものと思われるドアを手動で開閉するクラシックなエレベーターがちゃんと稼働していて、益々嬉しくなりました。
「ここに滞在したアインシュタインも乗ったかもしれないエレベーターとアンモナイト」
ベルギーの国土は日本の関東平野と同じくらいの大きさですから、その首都ブリュッセルはその気になれば大抵のところは歩いて回れます。まずはサブロン広場(Place du Grand -Sablon)に向かいました。フランス語で砂場を意味するSablonという名が示すとおり、ここは昔、湿地の中の砂場であったそうです。週末には、広場で骨董市が開催されるのですが、私が訪れたのは残念ながら、ウィークデーでしたので、その周辺の骨董街を散策しました。
「サブロンSablonのアンティーク・モール」
古美術品の委託販売を行っているアンティーク・モールの、迷路のように奥深い店内には、大きなリビングに合いそうな大理石の彫刻やシャンデリア、置物が無造作に並べられていました。日本の一般的な生活空間には少し無理かなという大きなものが多く、また好みの違いからか特に気に入ったものは見つかりませんでした。やはり骨董市に期待することにしました。
「ベルギー・ブランドのチョコレート店が軒を連ねます」
日本でも有名なチョコレートのお店が、サブロン広場を囲むようにたくさん並んでいるのです。11月で少し寒いのでその中の一店に入って、ホット・チョコレートを飲みました。日本で飲みなれたココアより数段濃厚でとても美味しかったです。お土産に何箱かチョコレートを買い、また別の店をのぞくと、チョコレートでできた巨大なカバのディスプレーに魅かれて中に入ってみました。世界で名高い可愛い雰囲気やゴージャスなチョコレート屋さんが多い中、非常に前衛的で新しい味や技法に挑戦しようという意欲が強く感じられました。「新作の生チョコを是非試食してください」と差し出された半円形のマーブルの可愛いチョコを口に入れてかむと、半液体状の素晴らしくフレッシュでジューシーな味がスーッと口の中にひろがりました。これまで味わったことのない爽やかな味に感激し、これは素晴らしいと思い、更に何個かチョコレートを買ってしまいました。
「独創的で楽しいチョコレート店」
チョコレートで元気を回復して、また骨董店巡りを続けました。大理石の像を専門に扱う店や、家具類を専門に扱う店等に少々飽きかけてきた頃、可愛らしい小物の並ぶウィンドウの中にチューリップの花を思わせるレリーフの入った、2色琥珀のステムのついた小さなメシャムパイプに惹きつけられて足を止めました。店内に入り、マダムに見せてもらうと、古くて状態も良く、値段も手ごろな上にオリジナル・ケースに入っていたので、迷わず買いました。80年くらい使われたものでしょう。私のパイプコレクションにベルギーの旅の思い出が加わりました。
「格式ある骨董店の並ぶ古い街並み」
「パイプを買ったお店のマダムと」
「メシャムパイプ」
ベルギーはまたダイヤモンドの加工でも有名で、宝石店もたくさんありますから、こうしたお店をのぞいて歩くのも楽しいと思います。日本人は高級店に入りにくいと思いがちのようですが、お客さんが入ってくれるのをお店側では大歓迎なのです。
とっぷり日が暮れる前にホテルに帰り、夕食にはベルギー名物のムール貝をいただくことにしました。滞在しているホテルからほど近い、イロサクレ地区にムール貝で有名な料理屋があるというので行ってみました。ベルギー北部の北海近くでは、ムール貝や小エビなどがたくさん獲れるので、もう一つの名物料理、小エビのマヨネーズ和えも注文しました。真っ赤なトマトをくり抜いた中に可愛らしく盛り付けられたボリュームたっぷりの小エビを喜んで平らげたのは良いのですが、いよいよメインのムール貝が鍋一杯運ばれてきた時には、ベルギーの少し薄めでコクのある美味しいビールも手伝って、既にお腹が一杯になりつつありました。これにフリッツ(フライの意味)とよばれる芋のフライも付くので大変です。しかしこのフリッツ、芋の種類が特別なのか、調理法が特別なのか私のつたないフランス語ではたずねようもありませんが、味だけはわかります。これも普通の日本のフライドポテトとは比較にならない絶品です。外側が薄くパリッとしていて、内側はフワフワなのです。無理してでも食べたくなる美味しさです。ムール貝も美味しく、大きな黒い殻をのぞけば意外に食べやすい量で、ワインとセロリ等の香味野菜とムール貝の味がからんだスープがこれまた絶品。というわけで、とうとうすべて胃に収まってしまいました。
「1893年創業のChez Leonの小エビのマヨネーズ和え」
「ベルギー名物ムール貝とセロリの白ワイン蒸しとフリッツ」
夜の街をしばし散策してホテル・メトロポールに戻ると、時間もたっぷりあるので、映画に出てきそうな雰囲気のカフェでコーヒーを注文しました。ヨーロピアンな、落ち着いた、心から寛げるカフェです。しばらく根が生えたように座って本を読みながら明日のプランを練りました。早朝から蚤の市に行ってみようと思いました。今日の骨董街にはなかった、目を見張るようなものを期待して・・・。次回は、種々雑多な物が並ぶ、すごく楽しいブリュッセルの蚤の市をご案内しましょう。
「柔らかなライティングが落ち着く大人のカフェ」